CRM再構築、EXの強化も課題
――近年の企業の状況を見ると、CRM関連の取り組みもさらに一歩進んでいるように見えます。
逸見:今までCRMというと、一つの部署がデータをもとに施策を行っていくイメージがありましたが、オムニチャネルという観点からCRMを見たとき、カスタマージャーニー上には様々な顧客接点が存在します。その顧客接点上でそれぞれがCRMを意識し、行動する。このことが重要になっています。
また、CRMに関する取り組みが定量データに偏りすぎていることを疑問視する声もあります。お客様の生の声を拾おうとしたとき、アンケートに頼るだけで本当に良いのか、といったことは見直す必要があるのではないでしょうか。自社が有する様々な顧客接点に目を向けると、たとえばリアル店舗での接客で得られた定性データをアンケートのような定量データと掛け合わせることで、CRMのレベルをさらに高めていくことも可能になるはずです。オムニチャネルの視点でCRMを再構築することも、今後やるべきことの一つになってくると思います。
――本書で示された小売DXの実現にあたって、今後はどのようなことが論点になっていくとお考えでしょうか。
逸見:本書で紹介した概念やフレームワークは執筆時までの議論を暫定的にまとめたもので、今後も実務とアカデミックの両輪でアップデートを重ね、成果物として発表していく予定です。
また、協会では今年度、これまで6つだった分科会を、サプライチェーン、CX、EX(従業員の体験価値)の3部会に再編することになりました。顧客体験価値の向上という共通ゴールに向かうために、会社や組織といったプレイヤー間の壁を越えた議論をさらに活発化させることが狙いです。たとえば「商品」の価値を高めるためには、小売企業内に閉じた議論ではなく、メーカーや卸との協業が不可欠になります。同時に、従業員の体験価値も高めていく必要があるという観点から、専門の部会を立ち上げることとなりました。
中見:人材や組織の強化も重要です。中でも個々の社員による市場理解や顧客理解の知見を、組織へ還元していく体制を整えることは欠かせません。市場理解や顧客理解を促進するための情報には、先ほど言及があったリアル店舗での接客データのように、個々の社員に溜まっていく暗黙知のようなものが多く存在します。たとえば長年店舗でお客様の前に立ってきた従業員やパート社員の皆さんは、商品がどのように売れていくのかをよく知っていたり、お客様の顔を見ただけで欲しいものがわかったりします。経営学では「情報の粘着性理論」というものがあり、こうした従業員やパート社員の皆さんに付着した粘着性の高い貴重な情報をうまく吸い上げ、組織に還元していく仕組みを持つことが、市場志向につながり、オムニチャネルDXを進めていく上で重要なポイントの一つになります。
定期誌『MarkeZine』76号 特集:リテール最新動向
第1回:「顧客体験価値の向上」を共通ゴールにしよう。『小売DX大全』著者からの提言(本記事)
      第2回:鍵は「UXへの落とし込み」リテールビジネスの今後を消費者調査から紐解く
      第3回:半歩先の進化が、より良い顧客体験に ユナイテッドアローズのEC・アプリのリニューアルから学ぶべきこと
      第4回:「セブン-イレブンアプリ」で高まる店舗体験とその先にあるラストワンマイル構想
      第5回:業界キーパーソンに聞くイチオシの買い物体験
      第6回:買い物体験を豊かにする、最新リテールテック
      第7回:リテールテックで店頭体験は進化する──量販店などで導入広がる「リモート接客」の可能性
