CXの推進には北極星が必要
3年ぶりのフィジカル開催となった「SAP CX DAY 2022」。イベントの冒頭、SAPジャパンのSAP Customer Experience事業本部 バイスプレジデント 事業本部長を務める富田裕史氏が登壇。日本におけるCXプロジェクトの障壁を紹介したうえで「本イベントを通して何かヒントを持って帰っていただきたい」と伝える。
オープニングセッションでは「SAP Customer Experience 今後の戦略と製品最新情報」をテーマに、CXとコマースの領域に特化した2名が講演。1人目はSAP Customer Experience CRO(最高収益責任者)のジェン・ベイリン(Jen Bailin)氏だ。
「CXの推進には北極星が必要」と語るベイリン氏。北極星として「データセントリック(データ中心)」「サステナビリティ」「インテリジェンス」「コネクティッド」を列挙し、一つひとつの重要性を語る。
データセントリックの重要性を語る前に「コミュニケーションは、お客様の購入意思決定に大きな影響を与える」という前提を共有。「企業はデータセントリックな体制によってパーソナライゼーションを実現し、顧客に合った体験を提供すべき」と提言する。
ベイリン氏はサステナビリティを「企業にとって大きなチャンス」と捉えているようだ。競合他社との差別化につながるだけでなく「循環型コマースに参加していないと、顧客を他社に奪われる可能性すらある」と警鐘を鳴らす。インテリジェンスについて解説する前に「消費者が高い価値を得られるブランドとはどのようなブランドなのか、一緒に考えてみましょう」と会場に呼びかけるベイリン氏。自身が想起するブランドとして、ある航空会社を例に挙げる。
「以前出張でシアトルからロンドンに向かった際『スーツケースが目的地に到着し、飛行機から下ろされてベルトに載りました』という通知が届いたんです。たった1つの通知でも、精神的な安定が得られました。顧客を深く知ろうとし、顧客に喜んでもらえるエクスペリエンスを作っているブランドは、たとえ高価なサービスを提供していても選ばれるでしょう」(ベイリン氏)
北極星の4つ目にあたるコネクティッド。ベイリン氏は推進のポイントとして「『お客様にどんな体験を得てほしいか』『サービスをどう提供するか』『不平のあるお客様とどのようにやり取りすれば良いか』を考える姿勢」を挙げ、「その姿勢が他社ブランドとの差別化につながる」と強調する。
SAP Commerce Cloud、3つの新機能
続いて、SAP Customer Experience SAP Commerce Cloud シニアバイスプレジデント 兼 グローバル責任者を務めるバラジ・バラスブラマニアン(Balaji Balasubramanian)氏が登壇。「SAP Commerce Cloud」の新機能について語り始める。
SAP Commerce Cloudは、高度なBtoB、BtoCおよびBtoBtoCのユースケースを持つコマースソリューションだ。17ヵ国以上で販売されており、直近で3つの機能をリリースした。まずはAIによるレコメンデーション機能。SAPではデータやインテリジェンスに注力していることから、この機能で文脈に沿ったエクスペリエンスを提供している。
2つ目のアップデートは「ヘッドレス機能の拡張」だ。「SAP Commerce Cloudでは、これまでもヘッドレスコマースをサポートしてきた」とバラスブラマニアン氏。今回の機能拡張により、具体的なシナリオにも対応できるようになったという。
3つ目は、カスタマーエクスペリエンスとショッピングジャーニーに関するアップデートだ。SAP Commerce Cloudでは、フロントオフィスとバックオフィスを統合可能にした。これにより、製品カタログや在庫のデータまでSAP Commerce Cloud上で提供できるようになったそうだ。
バラスブラマニアン氏は、SAP Commerce Cloudの今後の方向性を次のように語る。
「『チャネルとエンゲージメント』『ビジネスモデルとアジリティ』そして『人とセルフサービス』を統合したプロアクティブなプラットフォームとして、SAP Commerce Cloudを提供していく考えです。加えて、よりイベントドリブンかつコンポーザブルなシステムを目指します。クライアントが使いたい機能を自ら選択し、使った機能にだけお金を払うようにするのです。また、サステナブルなビジネスプラクティスをコマースの中で実現できるよう、投資も続けていきます」(バラスブラマニアン氏)
バラスブラマニアン氏は「SAP Commerce Cloudはユーザーの皆様とともにつくるプラットフォームです。ぜひユーザー向けのプログラムに参加してほしい」と呼びかけ、降壇する。
「本能レベルで求められるために」丸亀製麺の戦略
続いて特別対談「丸亀製麺の成功事例から学ぶ、顧客起点のマーケティングとその新潮流」がスタート。トリドールホールディングスの南雲克明氏と、アビームコンサルティングの本間充氏、そしてSAPジャパンの高橋佳希氏が登壇する。
インターブランドジャパンが発表した「顧客体験価値(CX)ランキング2022」で1位を獲得した丸亀製麺。本間氏は「価格が手ごろな商品を扱う外食企業のデータマーケティングについて、聞ける機会はなかなかないもの。ぜひ参考にしていただきたい」と語り、南雲氏にマイクを渡す。
南雲氏はまず、丸亀製麺のマーケティング戦略を次のように紹介する。
「丸亀製麺におけるマーケティングの目的は、顧客を“集めること”ではなく“創造すること”にあります。おいしさで選ばれるのは当然。感情でも選ばれるブランドになるべく『食の感動体験提供』を追求しています」(南雲氏)
食の感動体験とは、どのようなものなのか。丸亀製麺では「感覚」「感情」「本能(脳)」の順で顧客に訴え、最終的には「本能レベルで欲しい」と思ってもらえることを目指しているそうだ。ブランドの誕生から20年以上、この順番を軸にアップデートを加えながら戦略を進化させてきたという。
本能レベルで求められるために、顧客の左脳(理性)と右脳(直感)の両方に訴えかける施策を実施。「味や食感などの機能的価値だけでなく、うどんを作っている様子や食べる空間など、五感に訴える情緒的価値も合わせた感動体験をUSPとして置いている」と南雲氏は語る。
顧客の感動を高めるためにデータを活用
機能的価値と情緒的価値に加えて、丸亀製麺が追い求めているのは「顧客が丸亀製麺とつながっている価値」だ。店舗内だけでなく、外での体験を通したブランディングも行っているという。ブランドとしての姿勢や、おいしさを追求する作り手の姿を様々なチャネルで発信。「こんなに頑張っているなんて」と、共感や好意を丸亀製麺に向ける顧客は多いそうだ。
「様々なところで“おせっかい”な人のぬくもりを感じていただき、唯一無二の顧客体験価値を提供する。これが、丸亀製麺の目指すマーケティングのあり方です」(南雲氏)
丸亀製麺のマーケティングの土台にあるのはデータだ。感性マーケティングとデータドリブンマーケティングを組み合わせ、アジャイルに回しているという。「データと五感は一見すると対立軸のように思える」という本間氏の疑問に対し、南雲氏は次のように回答する
「アンケートのデータを基に『どうすればお客様の感動を高められるか』を分析しています。たとえば、丸亀製麺の店舗ではオープンキッチンを採用し、麺を茹でる釜や目の前で調理する手仕事をお客様に見ていただけるよう、レイアウトにもこだわっているんです。これらの工夫には、五感と感情に訴えかける狙いがあります」(南雲氏)
顧客体験価値を高めるため、丸亀製麺の社内では”DX for CX”という標語を使っているそうだ。南雲氏は「当社のビジョンは『顧客体験No.1』。DX戦略も人事もマーケティングもすべて、ビジョンを達成するために設計している」と、標語に込めた意図を説明する。
そのほか、NPSを指標として活用しながら「どこがどう上がると顧客満足度や売上の向上につながるのかを測っている」と語る南雲氏。様々なデータを活用することで、PDCAを回すスピードは確実に速くなっているそうだ。
社内理解を得るため「まずはgiveを」
様々な企業のマーケティングを支援するSAPの高橋氏は、丸亀製麺のデータ活用に対し「外食業界でここまでデータを駆使しながらオペレーションを回している企業は多くありません。SAPの目指す世界観をすでに作られていると感じます」と述べる。
丸亀製麺が現在のデータドリブンマーケティングを本格的に始めたのは、南雲氏が加わった4年半ほど前から。当時の推進メンバーは南雲氏を含めてわずか4人。マーケティング「部」ではなく「課」だったという。南雲氏は自ら「これからは全部可視化して数字で語れないとだめだ」と提案し、勘と経験から脱却したマーケティングを推進してきた。
ここで持ち上がるのは、経験が豊富な人ほどデータよりも経験に頼りがちなため、データドリブンマーケティングに対する理解が社内に広まらないという問題だ。この問題に向き合うため、南雲氏が心がけたのは「最初にgiveすること」。マーケティング部門が各部門の課題を率先して解決しながら、データに基づくマーケティングが役に立つこと・結果に結びつくことを社内で証明し続けた。
そしてもう1つの問題が、データで説明すればするほど社内で評論家扱いされること。この問題に対して、南雲氏は「感性派とデータ派、相手によってコミュニケーションを使い分けて対応している」と話す。感性派のメンバーには感性の方からマーケティング効果を示し、その裏に実はデータが使われていることを伝えたそうだ。地道な取り組みを続けた結果、丸亀製麺にデータドリブンマーケティングが定着。今では20名規模のマーケティング組織に拡大した。
72のカスタマージャーニーをプリセット
丸亀製麺のマーケティングは順調そのものに見えるが「まだまだ道半ば」と南雲氏。「一人ひとりのお客様にパーソナライズした他にはない感動体験を提供するため、人がカバーできないところはデジタルで対応するなど、両者のバランスを作るのが大変です」と話す。
ここまで丸亀製麺の取り組みを聞いた本間氏は「データをきちんと集め、使える状態にするのも1つのハードル。ここに至るまで、相当大変だったのでは」と推察する。
高橋氏も「マーケティング部門の人数が限られている場合、実現したい顧客体験の理想像はあっても、なかなかそこに人手や時間、予算をかけられる企業は多くない」と続ける。解決方法の1つとして高橋氏が提案するのは、2022年10月にSAPが日本でリリースする予定の「SAP Emarsys Customer Engagement」だ。
「SAP Emarsys Customer Engagementは、マーケターの時間を効率化するツール」と高橋氏。72パターンものカスタマージャーニーをプリセットしているため、膨大な工数がかかるカスタマージャーニーの作成時間を大幅に削減できるという。高橋氏は年間160万円~という価格帯でコアライセンスが使える点にも触れ、「鉄板のジャーニーでスモールサクセスを得ていただきたい」とソリューションに込めた思いを語る。
2022年11月で創業22周年を迎える丸亀製麺。南雲氏は「企業の盛衰は20年周期で繰り返します。向こう20年も生き残るためには、競合の範囲を『外食チェーン』から『感動体験を提供している企業』に拡げてマーケティングに取り組んでいきたいです」と話す。
本間氏は「本日紹介した丸亀製麺さんの戦略をヒントにしつつ、SAP Emarsys Customer Engagementのようなソリューションをうまく活用していただきたい」と述べ、セッションの結びとした。
SAP Emarsys Customer Engagement
従来型のマーケティングツールでは、顧客セグメントの作成に多大な工数を投入するも、事前に効果を予測しにくく、活用における限界がありました。SAP Emarsys Customer Engagementは、顧客のLifetime Valueを増やすためのオムニチャネル・マーケティングオートメーションツールです。詳しい資料はこちら。