「重いデータ」と「軽いデータ」は混ぜられない
では、2つ目の論点。つながり続ける仕組みから、どのように収益につなげていくのだろうか。
「Chewyでは今後、医療領域にサービスを拡大し、収益化を狙っているようです」と渡邉氏。同社は処方箋薬を提供するオンライン薬局や、ペットの遠隔診断サービス、ペットの医療保険など、様々な企業と提携してサービスをローンチしている。

「紙芝居・飴玉の話でいうと、ペットの商品定期便が『紙芝居』です。これで会員を集め、『飴玉』として医療系のサービス提供に至りました。このビジネスモデルは、それまで培ってきた『信頼』という資産が活きてきます。つながり続けることで信頼され、かつ生活者にとって欠かせない領域、医療や金融、保険や教育などの飴玉、つまり収益化が期待できる領域につながっていくと思っています」(渡邉氏)
では信頼を活かす領域では、どのようなデータを活用すれば良いのだろうか。その答えとして渡邉氏は「医療データやクレジットカード情報、銀行の取引記録など、それ自体の価値が高いデータが1つ。また、クレジット決済履歴や一般的な個人情報など継続的に取得し続け、蓄積されることで価値が生まれるデータもまた活用が想定されるデータです。前者は“重いデータ”、後者は“軽いデータ”に分類できます」と語った。

渡邉氏はデータの経済的価値をダークウェブで取引される、データにつけられている値札から比較して説明した。まず重いデータでは、医療データが最も高額で250ドル。次点がクレジットカードの券面の情報で5.4ドル。次が銀行の取引記録が4.12ドルとなった。
一方、軽いデータに分類されるクレジットカードの決済履歴だと、0.31ドル、一般的な個人情報が0.03ドルとかなり価格が低くなる。
「以上のことから重いデータに、いかに価値があるか、ということが伝わると思います。ビジネスに活きるということでもありますが、同時に重いデータを扱うなら、それ相応の覚悟が必要となってくるのです」(渡邉氏)
大前提として、重いデータによって生み出された価値の還元先は(法令に定められた特殊なケースを除けば)あくまで本人である。第三者がベネフィットをかすめ取ろうとすれば炎上に繋がるのは想像に難くない。また、こうしたデータを取り扱うにはセキュリティー要件も上がるうえ、情報漏えいに対する対応コストもかかってくる。
もし、膨大な量の軽いデータを、重いデータと突合して利用をしようとすれば、重いデータと同じレベルで管理しなければならなくなるため、コストパフォーマンスが悪くなってしまう可能性が高い。つまり、重いデータと軽いデータを安易に統合しない方が望ましいのだ。

「だからこそ軽いデータでは今後、個人を追いかけない手法が主流になっていきます。そこで登場するのが、データクリーンルームです。ここでは顧客の分析や広告の効果測定など、プラットフォーム事業者が保有する軽いデータを、個人を特定せずに分析できます。こうしたデータクリーンルームが活きるのは、ファネル型を採用しているマスブランドです。
一方、重いデータはDNVB企業・ブランドが活用できる領域です。真実の瞬間を生み出し、顧客と継続的につながり、信頼を得た顧客からデータを預かり、自社のサービスや製品に反映させる。信頼の蓄積から収益モデルに移行する形が望ましいです。そう簡単ではないことですが、データ活用の出口が広告ビジネスに向かいやすい昨今、このような発想の転換が重要だと考えています」(渡邉氏)
多様な価値観を尊重することが、ブランドを強くする
最後に、真実の瞬間を見出すための心構えについて「従業員の多様な価値観が大事」だと渡邉氏は繰り返した。
「想像力の源泉は多様性です。多様な価値観の尊重が、想像を超える顧客体験を生み出すと感じています。従業員による価値観の多様性の幅が、ブランドの打ち手の幅に影響します。近年注目されているダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンは、ビジネスに直結する課題です。
従業員一人ひとりの多様性を尊重し、自律的に行動できる環境を用意し、真実の瞬間を生み出し続ける。そして信頼を積み重ねていく。収益モデルに移行するためにはその過程大切にしていただけたらと思います」と語り、同セッションを締めくくった。