独自の価値判断軸は他社との差別化に必須
冒頭にも述べたように、CX推進において、「顧客志向」を掲げる企業は多い。顧客インサイトを捉えることはもちろん重要だが、顧客だけを見て考えると、他の企業と同質化して差別化が図れなくなる。
そうならないために必要なのが自社独自の価値判断軸だ。残念ながら、各種調査に基づいてインサイトを探っても、たった一つの正解が出てくるわけではない。得られたデータをどう読み解くか、少数派の意見をどう取り入れるべきかなど、様々な場面で判断を求められる。
具体的には「経営理念と合致するかどうか」「組織として何をしたいのか」に加え、CXを推進する担当者ないしは、商品やサービス開発の担当者自身が「どうしたいのか」といった情報を整理し、自社独自の価値判断軸を明確にすることが求められる。価値判断軸をフィルターとして各種情報を読み解くことで、自社が提供すべき価値につながるインサイトに近づきやすくなり、差別優位性のあるアイデアを見出すことができるようになる(図表3)。
たとえば、お年寄りに向けた買い物サービスを開発する企業があったとする。ニーズ調査から直接的にアイデアを導き出そうとすると、「買い物に動くことが負担になっている、移動を省きたい」といった声が最も多かった場合、そこから発想を膨らませ「ドアtoドアのサービス」や「移動に関しての優先サービス」が企画されるだろう。これはこれで、利便性は高まりお年寄りからの評価は高くなるかもしれない。
一方で、価値判断軸を企業理念や担当者のやりたいことから「真の健康」と設定した企業があったとする。この価値判断軸をフィルターとすると、「買い物に動くことが負担になっている、移動を省きたい」といった情報は重要ではあるが、それによって、体を動かす機会が減り、不健康になるのではないか、といった仮説も生み出すことができる。また、少数意見ではあるが、「○○スーパーに行くと、毎日■■さんに挨拶するんだよ」といった声から、実はお年寄りにおけるお買い物は、「普段の日課であり、活力の源である(負荷はかかるが実は楽しみである)」のではないかといった仮説が生まれ、これを支えるような、楽しみを促進させるサービスを検討できるようになる。
このように、同じ調査や情報の中から、価値判断軸というフィルターを通す場合と通さない場合では、着目する内容や提供価値の最終的な方向性が異なることが多く、どちらが独自性を見出せるかというと、明らかに自社フィルターを通した場合である。
最近、「オリジナリティを出せない」や「新奇性の高いCXを提供できていない」といった悩みを抱えている企業が多いが、これらは企業シーズや顧客ニーズを基にした商品を作れば売れる時代のやり方に過剰に適合してしまった大企業でよく見られる。
そのような課題に対し、個の内発性を重視し、インサイトに加えて担当者の「これがやりたい」という妄想を大切にする企業もある。これは多様な背景や想いを持つ個人がそれぞれの能力を発揮してこそ、新たな価値創造が可能との考えに基づくもので、今後こうした動きが広がっていくだろう。
いずれにしても、CXを推進するためには様々な情報を基に発掘したインサイトと、企業理念や担当者の想いを踏まえた独自の価値判断軸が欠かせない。その両者が融合して初めて、顧客に対して独自のCX(体験価値)を提供することができる。
唯一無二の顧客体験の創造に向けて、あなたの所属する組織やご自身がどうしていきたいかを改めて見つめ直し(図表3)、価値判断軸を用いたアプローチを始められてみてはいかがだろうか。
