答え合わせのような読書体験
──『マーケティングの扉 経験を知識に変える一問一答』(日経BP)の上梓、あらためておめでとうございます。1ページ目に記された「一気に読まないで下さい。」の注意書きが印象的でした。
あれは開高健氏の『風に訊け』(集英社)をオマージュした文言なんです。
──そうだったんですね。私は張り切って一気に読み進めた結果、途中で消化不良を起こしてしまったため、あの注意書きの正しさを実感していたのですが……。
一問一答形式の本はそうなるきらいがあるのかもしれませんね。注意書きはただのオマージュでしたが、実は同じような感想を知人からも頂戴していて。「書いてあることは理解できるが、一体何を読んでいるのかわからなくなる」と言われました。その知人は素直に読むのではなく、本書で扱っている問いに対して自分なりの答えを用意してから読むようにしたところ、楽しめたそうです。特にベテランマーケターが答え合わせのような読み方をしてくれている気がします。
──本書はWebの人気連載を書籍化したものだとうかがいました。これまで戦略を紐解き定義する本や、マーケティングのフレームワークを解説する本を上梓してきた音部さんが“よろず相談本”を執筆なさるとは意外でした。
確かに、過去の著作は今回の本より硬質でしたね。一問一答形式はWeb連載を担当してくれている編集者のアイデアです。私に心境の変化があったから著作のテイストを変えたわけではありませんが、ハウツーを説明する過去作とは別のアプローチで書いているため、新しいチャレンジではありました。
マーケティング“業界”はなぜ生まれた?
──本書の中ではジャンルや粒度を問わず様々な質問が寄せられています。数多くの問いから見出せるマーケターの悩みの共通項があれば教えてください。
「スキル」と「キャリア」の悩みはよく似ていましたね。マーケティングという職域でキャリアパスが明確に確立されている会社はそれほど多くないと思います。たとえば営業や財務は「このキャリアパスをたどれば、この立場に行き着く」という展望が開けていますが、マーケティングは見えにくいかもしれません。マーケティング部門のリーダーが他社からスペシャリストとして採用されるケースも多いですから。
よく「マーケティング業界」という言葉が使われますよね。本来「業界」という単語は業容を示すはずなのに、マーケティングという機能にくっついてしまっている。この言葉が浸透した背景には、企業の枠を超えたマーケティングコミュニティの創出や、キャリアの成立が影響しているように思います。昨年まで広告会社にいた人が、翌年からクライアント側に転職してマーケターになるケースもあれば、逆に広告主側から転職してエージェンシーに移るケースもあります。売り手と買い手が入り乱れることも、“同業感”が生まれた背景かもしれません。
マーケティング業界という言葉の誕生によって、売り手と買い手の上下関係がフラットになったことは喜ばしいものの、その業界内でマーケターのジョブローテーションが行われているとも言えます。所属企業内のジョブローテーションを経て異動や昇進をする一般的なキャリアパスとは異なるため、何をどう頑張れば良いのかがわかりにくいのでしょう。