ブランドマネジメントに不可欠なPLと継承の視点
田部:「これは正しいインサイトだ」と確信するのは、どのようなときですか。
木村:定性的な指標かもしれませんが「その視点はなかった」と関係者から言われたときですね。

木村:ユニリーバの子会社であるラフラ・ジャパンに在籍していたときの事例を紹介します。クレンジングと言えばオイルやミルクが一般的ですが、当時はバームタイプのクレンジングが話題を呼んでいたのです。一方で「手のひらに出して混ぜるのが面倒」「思ったよりメイク落ちが良くない」など、バームに不満を感じている人がいることもわかりました。
そこで私たちは「オイルとバームを日によって使い分けている人がいるのではないか」と仮定したわけです。話題のバームを開発して勝負するのではなく、オイルとバームの“いいとこどり”をした高粘度のオイルを開発。2種を使い分けている人に対して「これ1本で済みますよ」と訴求したところ、良い成果を得られました。
田部:新しいスタンダードが生まれるときは、それに不満を持つ人が現れる。市場の変化を敏感に察知して戦い方を変えた好事例ですね。ブランドマネージャーの経験もある木村さんにとって、ブランドマネジメントとはどのようなものですか。
木村:主に二つのロールがあると考えています。まずはPLのデリバリーです。ブランドマネージャーが見ている範囲によりますが、ブランドマネジメントにおいては長期にわたって売上を築くことが何よりも重要だと思います。
もう一つのロールは、ブランドイメージの継承です。PLのデリバリーをするために、ブランドの本質から外れる施策を打っても成功例にはなりません。グローバルで定めている指針やブランドが大切にしていることを次の世代に継承する姿勢、長い目でブランドを育てていく姿勢がブランドマネジメントにおいては求められます。
以前お世話になった方が「3年間で100億円の売上をつくるよりも、10年間で100億円をつくるほうが難しい」とおっしゃっていました。私もその通りだと思います。PLとブランド存続それぞれの観点でブランドマネジメントを進めることが肝要ですね。
長続きするブランドにはパーパスがある
田部:長続きするブランドとそうでないブランドの差はどこにあると考えますか。

木村:「どのような社会にしたいのか」「使ってくれた人が本当に幸せになるのか」という問いに対する解が一貫しているブランドは長続きすると思います。売上を達成した先にあるバリューやパーパスに関わる部分です。短期的な便益訴求だけでは長続きしなかったり競合に追いやられたりするかもしれませんが、社会的な意義を持ち続けることは、組織と顧客の存続につながると考えています。
田部:なるほど。パーパスは購買し続ける理由に紐づいてくるということですね。とは言えパーパスと売上の具体的な紐づけ方を模索する担当者は多いと思います。
木村:正直に言うと日本ではまだ解や事例が少ないと感じます。「ダヴ」というブランドで母親を対象に実施したキャンペーンが好例と言えるかもしれません。ダヴではステレオタイプの美ではなく、自分らしさを美として肯定しています。自分らしさと向き合う暇がないほど多忙な母親に向けて家事代行のサービスを提供し、オフになる時間をプレゼントしたところ、購入者が増加しました。
田部:パーパスと呼ぶから難しく聞こえますが、要は「そのブランドや製品がどのような課題を解決するのか」という前提があり、その前提が伝わるキャンペーンであることが重要なわけですね。
木村:おっしゃるとおりです。このキャンペーンで仮に掃除機やギフトカードをインセンティブに設定しても、ダヴの理念が伝わるキャンペーンにはなりません。理念から逆算した打ち手を継続すれば、ブランドの一貫性を保つことができて売上の向上にもつながるのではないでしょうか。
田部:私はマーケティングを事業、経営そのものだと捉えているのですが、木村さんのマーケティングに対するお考えを最後に聞かせていただけますか。
木村:マーケティングが強くない会社は経営も強くないと思います。マーケティングをしていなくても経営が強いところは、経営者が自らマーケティングを行っているケースが多いです。マーケティングは売上と同時に利益を生み出すために行うものであり、経営と表裏一体の営みだと思っています。