豊かな観光素材を点ではなく面で活かすために
MarkeZine編集部(以下、MZ):まずは皆様の自己紹介をお願いします。
紺野(東北観光推進機構):私が理事長を務める東北観光推進機構は、2007年に設立されました。東北6県と新潟県および仙台市をはじめとする官民が一体となり、観光によって東北を元気にすることを目指しています。
白石(三井住友カード):当社は2019年よりデータ分析支援サービス「Custella(カステラ)」を提供しており、私は同事業の責任者を務めています。当社が持つキャッシュレスデータを活用することで、お客様に新しい価値を提供することがミッションです。
安藤(三井住友カード):白石が率いるデータ戦略部でデータビジネスプランナーを務めています。お客様からデータマーケティングの課題を直接ヒアリングし、当社のキャッシュレスデータを用いた解決策をプランニングするコンサルタントのような役割です。
MZ:東北観光推進機構では、東北6県および新潟県と協働しながらDMPの構築に取り組んでいるとうかがいました。このような取り組みを進めるDMO(観光地域づくり法人)がまだそれほど多くない中、なぜこのプロジェクトを始めようと考えられたのでしょうか。
紺野(東北観光推進機構):単一の地域や県単位ではなく、広域で取り組みを進めている理由の一つは、インバウンドへの対応にあります。観光客の方々は周遊するケースが多いため、東北・新潟県全体を見渡す視点が大切だと考えたわけです。これまでは各地域や各県で立てた観光戦略に基づきプロモーションを実行することが多く、「共通認識を持って観光戦略を立案しなければならない」という課題意識を持っていました。
東北6県および新潟県は、観光素材が豊富なエリアです。各地の観光素材を点ではなく面で活かすためにも、DMPの構築が必要だと考えました。2021年から2025年の第5期中期計画では「デジタル化」を大きな柱の一つとし、様々な企業様の力を借りながら広域の動態データを蓄積。それを可視化する仕組みを整えてきました。
広域も消費データならカバー可能
MZ:消費データの活用もDMP構築の一環として取り組まれているそうですね。
紺野(東北観光推進機構):観光においては、訪れた方に喜んでいただくことを前提としながらも、地域を元気にする仕組みづくりが非常に大切です。地域経済活性のバロメーターである消費データの活用は重要だと考えました。
活用するにあたり、消費データの格納方法や可視化の手段に大きな課題を感じていました。そこで三井住友カード様に支援いただき、国内外からの観光客数が好調だった2019年をベースに消費データを抽出して、当機構の会員に発表したのです。アウトプットを共有したのは、行政や地元の観光団体が観光消費の現状を正しく認識し、戦略的に次の打ち手を考えられるようにするためです。
白石(三井住友カード):最初に今回のお取り組みをうかがったとき、東北6県と新潟県を横断する範囲の広さに驚きました。それまでは単体の都道府県様からのご用命にお応えする案件がほとんどでしたから、同じ切り口で横断的に俯瞰するアプローチを画期的だと感じたのです。同時に、そのアプローチだからこそ当社のデータの強みを発揮できるのではないかとも思いました。
消費データの価値は粒度の細かさにあり
MZ:DMPの構築にあたり、東北観光推進機構では様々なデータホルダーの協力を得ながらデータを蓄積していたそうですが、三井住友カードからは具体的にどのようなデータを提供していたのでしょうか?
安藤(三井住友カード):どこからどれくらいの人が来て、何に対していくら消費しているのかがわかるデータを提供しています。場所は市町村や国籍単位、業種は「温泉」や「ホテル」「食」「ゴルフ」など、細かい粒度で具体的にお伝えすることができます。
安藤(三井住友カード):また、経年比較や月別・時間帯別比較が可能なデータも提供しています。東北観光推進機構に属する各自治体様が、観光戦略や現状把握の指標に合わせて見たいものを見ることができるのです。
MZ:三井住友カードが提供する消費データの価値を、東北観光推進機構としてはどのように捉えていますか。
紺野(東北観光推進機構):今後の戦略につなげられる、非常に価値があるものだと捉えています。驚いたのは、捕捉可能な業種・エリアの細かさです。これまでは調査員が外国人観光客を対象にアンケートを実施していたのですが、その方法では「宮城県」くらいの粒度でしか捉えられなかったのです。
その点三井住友カード様の消費データでは、市区郡単位でデータを細かく把握できるため、これまでカバーできなかった部分を捕捉することが可能です。これら業種やエリア、月別のデータをクロスしながら、踏み込んだ知見を得ることができています。
グラフだけで示唆が得られるUIを目指した
MZ:三井住友カードは毎月のデータ提供にとどまらず、DMPの構築支援にも伴走したとうかがいました。なぜそこまで一歩踏み込んだ支援をしようと思われたのでしょうか。
安藤(三井住友カード):DMPは自由度が高い分、データを読み解く力のある方は価値を実感できるものの、そうでない方は活用することが難しい側面を備えています。操作に不慣れな方を想定し、ストーリー構成でデータをわかりやすく見せる必要性を感じたのです。東北観光推進機構様の目指す世界をお聞きしたときに、データの提供だけでなく、DMPの中から欲しいデータを抽出するところまでサポートすることが私たちのできることであり、やるべきことではないかと考えました。
実は当社にとっても、DMPへのデータ提供は初めてのチャレンジでした。通常はアナリストが紙のレポートでグラフを作成し、コメントを添えて提出するのですが、DMPに提供する際は決められたダッシュボードのフォーマットに沿う必要があります。その上データは毎月変わりますから、コメントを書くこともできません。どうすればコメント無しのグラフだけで示唆を得られるか。東北観光推進機構様とベンダー様、当社の三者で打ち合わせを重ねながら、見やすい形に整えていきました。
データが関係者全員の共通言語になる
MZ:DMPの構築支援および消費データの収集において三井住友カードのサポートを得た結果、東北観光推進機構ではどのようなメリットや成果が得られたのでしょうか。
紺野(東北観光推進機構):「プロモーションの注力度と消費金額は比例するわけではない」「月によって消費のされ方が大きく違う」など、現時点で様々な発見がありました。コロナ禍の前後で観光消費のトレンドは変わりつつあるため、経年比較の結果を今後の戦略立案に活かせるはずです。
紺野(東北観光推進機構):観光業に長く携わる私が思うに、観光振興は担当者の経験や勘が先立ってしまいがちです。三井住友カード様のサポートにより、得られた示唆を戦略につなげるスタートラインに立てたと言えます。DMPのような仕組みをつくったとしても、データを戦略に落とすところまで至らなければ、真の意味でのデータ活用にはなりません。
これまでは宿泊施設や交通機関が中心となって観光を盛り上げてきましたが、デジタルの進化などにより、今では誰もが観光振興に携わることのできる時代となりました。そのような環境において、閲覧可能な共通データが関係者の手元にあれば、より効率的かつ効果的に誘客施策を実行できるのではないでしょうか。
データを入力するだけでは何もわからない
紺野(東北観光推進機構):最近は「アドベンチャーツーリズム(※)」など、十数年前にはなかった新しい概念が次々と誕生しています。新しい取り組みにチャレンジする際、確かなデータがあれば周囲の協力を得るための説得力を示すことができるでしょう。今後も三井住友カード様に協力していただきながら、当機構の会員や観光に携わる方たちとデータを共有していきたいです。
※アクティビティ、自然、文化体験の三要素のうち、二つ以上で構成される旅行のこと(出典:日本アドベンチャーツーリズム協議会)
MZ:紺野さんのお話を踏まえ、三井住友カードとしてチャレンジしたいことをお話しください。
白石(三井住友カード):DMPの登場から何年も経ちますが「データを入力すれば何かがわかる」という過度な期待がいまだに多く見受けられます。当然、データを入れるだけでは何も得ることができません。東北観光推進機構様は「東北を元気にする」という確固たる目的意識を最上位に掲げ、その目的の下で仮説を立てながら、あらゆるデータを様々な角度から見ようとされています。
白石(三井住友カード):今後も東北観光推進機構様のお役に立てるよう、データ活用のサポートを続けたいです。東北の観光振興が豊かな消費につながり、結果的に我々の本業であるカード事業においても加盟店様と会員様への価値提供につながっていくと考えます。
安藤:(三井住友カード):関係者の皆様がやりたいことや見たいことを実現するためには、DMPに当社のデータを入力して終わりではなく、DMPやデータのブラッシュアップが肝要です。すでに最新データの提供準備を進めています。今後もデータ活用に関する知見を積極的に共有させていただくことで、東北観光推進機構様とともに東北の観光を盛り上げていきたいです。