中国ビジネスを戦略的にサポートするCXC
安成:コロナ禍を経て現在、インバウンドビジネスに関心を持つ企業は増えつつあると思います。しかし中国向けインバウンドにおいては、かつての“爆買い”のイメージを持ち続ける人もいるのではないでしょうか。まず、電通グループの中国ビジネス専門チーム「CXC(シーバイシー、China Xover Center)」について教えてください。
桜庭:CXCは、2019年に中国向けマーケティング支援を目的に立ち上げた電通グループ横断のバーチャル組織です。様々な部署から約50人が参加しており、その多くが中国駐在経験者や中華圏出身者です。日本企業の越境ECや中国進出、インバウンドの支援の他、最近は中国企業の日本参入のサポートもしています。所属メンバーの専門はコマース、プロモーション、ビジネスプロデュースなど多岐にわたります。
中国に特化した組織を立ち上げた背景としては、特殊なマーケティングが求められる市場であることが挙げられます。たとえば東南アジアの国々であれば、使えるメディア・SNSが日本と似ていますが、中国はメディア環境自体がまったく異なります。そのため、専門的な知見が必要になるのです。
桜庭:私自身は電通のトランスフォーメーション・プロデュース(TFP)局に所属し、マーケティング・プランニングを担当しながらCXCに参加しています。2014年から2019年まで、上海電通に駐在していました。
コロナ禍を経た中国の、消費動向4つの変化
安成:桜庭さんの駐在当時と比べ、コロナ禍を経て中国の消費トレンドや消費者インサイトはどのように変化したのでしょうか。
桜庭:大きな変化としては4つあります。まず1つ目は、中国の国内ブランドのクオリティが高まり、シェアも拡大していることです。Z世代を中心に「国潮ブーム」と呼ばれる流れが起き、少し昔の中国をイメージしたファッション・コスメが人気です。以前は「中国ブランドはかっこ良くない、品質が悪い」というイメージがありましたが、今の若い人たちは国産品も輸入品もフラットに見て選ぶようになりました。
2つ目は、モノ消費からコト消費へと移り変わっていることです。物質的には満たされるようになったため、中国でも旅行や飲食といった体験に時間・お金を使う傾向が強まっていますね。
3つ目には、消費に慎重になったという変化があります。以前は欲しいものはすぐに買う人が多かったのが、コロナ禍や経済成長の鈍化によって蓄える・備えるマインドに変わっています。
4つ目が、健康意識の高まりです。中国人は元々健康への意識が高いですが、コロナ禍でさらにその傾向が強まりました。弊社が日本と中国で実施したウェルネス調査によると、中国の20~40代の人たちの健康に対する出費は日本の10倍です。若年層も、健康をとても意識しています。
SNSを徹底確認!中国人の特徴的なカスタマージャーニーとは
安成:日本のトレンドに似ている部分もある一方、ウェルネス市場への出費傾向など違いも見えますね。この4つの変化を背景に、実際の消費者行動はどう変わっているのでしょうか。
桜庭:SNSの重要性がより高まり、今や中国の人々にとってなくてはならない生命線になっています。そのため、インフルエンサーの影響力も一層強まっています。
日本人は企業の広告や公式アカウントを見て「商品を買おう」と思うことも多いですが、中国の人たちは企業の発信よりもまずSNSを見ます。今、最も影響力があるSNSは「小紅書(RED)」。Instagramに近いSNSです。
桜庭:中国の人たちの行動は「徹底確認主義」といえます。まずREDで商品を検索して評価を確認し、その後ECの口コミサイトもチェックして、さらにコミュニケーションアプリで友達に評価を聞く。そこまでやってから、最も安く買える方法を探して購入に至ります。
そのため、ブランドにとってはSNSでの評価が最も大切です。REDの他に「抖音(TikTok)」も8億人のユーザーを抱えており、この2つは中国で押さえておくべきSNSです。
安成:中国はライブコマースも先進的な印象ですが、いかがでしょうか。
桜庭:ライブコマースやライブ配信は、中国ではインフルエンサー施策の中心です。日本のインフルエンサーはコンテンツ力などが重視されますが、中国は「販売への貢献」がKPIです。日本よりも、インフルエンサーが職業として確立している点も特徴ですね。
中国のインフルエンサーである「KOL(Key Opinion Leader)」のトップクラスになると、数千万人のフォロワーを抱え専門チームがサポートしています。1回の配信で何十ものブランドを紹介し、何億円も売り上げる人もいます。そんな一大産業になっているのです。
一方、コミュニティサイトなどで影響力を持つ「KOC(Key Opinion Consumer)」も、重要な存在です。フォロワーが1,000人以下(基準は複数あります)などの人々を指し、彼らが等身大で評価する口コミは、皆が憧れるKOLとは違う意味で消費者に信頼されています。KOLとKOC、両者を組み合わせて活用することが重要です。
インバウンドビジネスは“旅前”に勝負が決まる
安成:政府は、インバウンドの消費額を早期に5兆円に引き上げる目標を掲げ、これは2019年の4.8兆円を上回る数字です(参考:NRI「2023年のインバウンド需要は4.96兆円と早くもコロナ前を上回る予想」)。中国の消費者動向の変化を受け、インバウンドビジネスで押さえておくべきポイントをお教えください。
桜庭:コロナ前は、特別な戦略を立てずとも商品を並べておけば売れていました。現在、コロナ禍からの回復にともなってインバウンドに関する相談が増えていますが、「“旅前”に勝負が決まる」と伝えています。
コト消費の増加によって、訪日旅行でも体験を求める傾向が強まっています。そのため、買い物はより効率的に済ませたい。だから中国の人々は事前にREDで検索して、買いたい商品や行きたい場所をリストアップするのです。まずはそのリストに入るために、検索した際口コミがきちんとある状態を作っておくことが大事です。
さらに今はお土産需要よりも、自分が気に入ったものを厳選して買う傾向が強いです。中国の人たちのモノを見る目も変わり、ブランドストーリーを重視するようになりました。それに応えるストーリーやファクトを伝え、ブランドそのものを好きになってもらう工夫が大事です。
安成:旅前から情報を伝えていくステップが必要なのですね。
体験型消費や自治体、レストラン、コンテンツ産業など……チャンス広がるインバウンド需要
安成:コト消費が増えていくなら都市部の店舗だけでなく、体験型の施設やレストラン、地方の自治体などでも色々なチャレンジができそうですね。
桜庭:日本旅行を計画している人に行きたい場所を尋ねると、久しぶりの日本旅行ということもあり東京ディズニーランド・USJ・富士山・温泉・和食といった定番の回答が多かったのですが、驚くような答えもありました。「東京の板橋にある商店街に行きたい」「このお店にフィギュアを買いに行きたい」「京都のこの雑貨店に行きたい」と、非常に細かい日本の情報を仕入れているのです。
このように、定番の観光だけでなく「日本文化の奥深さを知りたい」「日本人の生活に触れたい」という需要が中国人の中で高まっています。「日本のこの地域にしかない」商品や体験が求められているため、特産品などを活用した情報発信が有効ではないでしょうか。
安成:その可能性に気づいていない企業や自治体が多いのかもしれませんね。また、コンテンツ産業にもチャンスがありそうです。
桜庭:おっしゃる通りですね。多くの中国の方は「日本のコンテンツで好きなものがある」とおっしゃいます。「SLAM DUNK」の映画の日本公開に合わせて、わざわざ来日した人もいます。「ドラえもん」「ちびまる子ちゃん」「ドラゴンボール」といった定番コンテンツから、最近の「SPY×FAMILY」まで、幅広く人気です。
特に1980年代前後に中国で生まれた人たちは、子どもの頃にテレビで日本のアニメをよく見ていたそうです。そういう人たちは、アニメの舞台となった場所に「聖地巡礼」に訪れることも多く、企業や自治体でもそういったコンテンツをもっと活用できると思います。
インバウンドビジネスは、海外にファンを増やす事業
安成:お話を伺っていて、インバウンドビジネスのすそ野の広さや可能性を感じました。企業やブランドにとっては、これからがチャンスですね。
桜庭:インバウンドを「外国人向けのプロモーション」と位置付ける人が多いですが、これからは「海外の新規顧客を獲得するための事業」と捉えるべきだと考えます。日本に来た人に商品を売るだけでなく、ファンになってもらうのです。
したがって海外に向けて情報を発信し、ブランドストーリーを理解してもらうコミュニケーションが重要です。海外地域の中でも、規模などを考えると中国は企業にとって無視できない市場です。
安成:そのためには、中国人消費者を理解し、どうやって顧客になってもらうかの戦略が重要なのですね。CXCはそういった支援も得意としているのでしょうか。
桜庭:はい。CXCには中国の現地拠点の社員も参加しており、現地でのサポートもできるので、シームレスにマーケティング戦略を立てられる強みがあります。また、広告だけでなく、プロモーションやコンサルティングの専門家もいて、全方位のマーケティングに対応できます。もちろん常に情報をアップデートしているので、データベースとしても大いに活用していただきたいですね。
桜庭:中国の団体旅行解禁すぐは、中国本土からの観光客数はコロナ前の3割ほどで、香港や台湾から来ている人が多いです。しかし今後に向け、準備は早く始めるべきでしょう。すでに、中国向けの情報発信のプラットフォームを複数の日本企業で作るという動きも始まっています。
安成:インバウンド需要の回復に向けて、しっかり戦略を立てて準備した企業が先行者利益を得られると思います。戦略的に情報を発信すれば、日本のブランドをもっと好きになってもらえる可能性が高まりますね。本日はありがとうございました。
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