本記事は『マーケティング「つながる」思考術 「こんなはずじゃなかった」と決別するために知っておくべき売上に至るまでの「点と線と面」』の「第4章 マーケティング戦略の全体像=<面>を描く」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
筋の良い戦略が描けない理由
戦略とは何か
マーケティングの現場では、「新商品のプロモーション戦略を考えよう」「PR戦略を強化して露出を増やそう」「CRM戦略でLTVを向上させよう」など、あらゆる場所や場面で「戦略」という言葉が登場します。
戦略と名のつくものには「経営戦略」「成長戦略」「競争戦略」「アライアンス戦略」「人事戦略」「財務戦略」「マーケティング戦略」「CRM戦略」「広告戦略」「PR戦略」「SDGs戦略」「DX戦略」「戦略思考」「キャリア戦略」「人生戦略」など、実に様々なものがあります。中には「戦略」というより「戦術」だったり、単なる「目標」だったり、はたまた「考え方」や「実行計画」に近い概念として使われるケースも少なくありません。
言葉に「戦略」がついているにもかかわらず全体像がボヤけていたり、「何をするのか?(=実行すること)」や「なぜそうするのか?(=理由)」がフワッとしてしまう理由は、「戦略」の定義そのものが曖昧だからです。
そもそも、「戦略」とは何なのでしょうか。広辞苑〈第七版〉では、下記 のように定義されています。
せん・りゃく【戦略】(strategy)
戦術より広範な作戦計画。各種の戦闘を総合し、戦争を全局的に運用する方法。転じて、政治・社会運動などで、主要な敵とそれに対応すべき味方との配置を定めることをいう。
この定義から、戦略とは競争相手と戦い、勝利するための「全体的」な「資源配分」を決めることであることがわかります。
仮に、あなたの会社が持つ経営資源が無限なら、戦略は必要ありません。あらゆる場所で「全張り」すればいいからです。でも、そんなことあるはずがありません。実際には、特定商品やサービスに投下できる資源(お金や労力など)には限りがあります。限られた経営資源の中で「何かを実行する」ことは、「何かを実行しない(できない)」ことと同義です。つまり、戦略とは常に資源配分におけるトレードオフの選択であり、逆に言えばトレードオフではない戦略は「戦略になっていない」ということでもあります。
「筋の良い戦略」と「筋の悪い戦略」の違い
先ほど、「戦略とは、競争相手と戦い、勝利するための全体的な資源配分を決めること」と定義しました。ここで言う「勝利」とは「目標を達成すること」です。つまり戦略とは、「目標を達成するために全体的な資源配分を決めること」なのです。具体例で見てみましょう。
仮に、売上10億円という「目標」があったとして、現状は9億円しかないとします。目標と現状(理想と現実)のギャップが「問題点」(=ここでは「1億円の不足」)です。ここが間違いやすい点なのですが、問題点は結果としての「出力(Output)」であり、直接コントロールできません。問題点を解消するためには、何かしらの「入力(Input)」をする必要があります。この入力が「(課題を解決するための)施策」です。
また、入力にも「即効性はあるが、やめた瞬間効果がなくなる費用的施策(例:リスティング広告)」と、「即効性はないが、ジワジワ効き続ける投資的施策(例:ブランディング広告)」の2つがあります。現在の「売上1億円の不足」という事象(出力)を「どのような課題」として捉えるかによって、選択する施策や予算配分(入力)が変わります。
このように、「目標→現状→問題点→課題→施策」が論理的に組み立てられ、全体の設計図になっていれば「筋の良い戦略」と言え、ここの組み立てがバラバラだと「筋の悪い戦略」となります。問題点の解像度が粗いと、課題設定を誤ります。課題設定を間違うと、施策の設計(そもそも何をするか)を誤ります。このように、「筋の悪い戦略」とは「施策の設計」や「施策そのもの」が悪いのではなく、「論理の設計段階」で間違っています。
いろんなところが少しずつ悪い
上記はわかりやすい例ですが、実際はもう少し複雑です。たとえば、KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)に影響を与えるKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)が4つあるとします。
多くの人は、図2のパターンAのように「KGIの数値が悪いのは単一のKPIに要因がある」と考えてしまいがちです。しかし実際はパターンBのように「いろいろなところが少しずつ悪い」のです。
思うように売上があがらないという病気の原因はひとつではありません。いくつかの場所が、少しずつ「悪さ」をしているため、ひとつの病気だけを治しても全体の数値(KGI)は上がらないのです。
課題の解決策は「直線的」ではなく「構造的」
さらに、マーケティングの現場で発生する「課題」と「解決策(施策)」の関係は、上記のようにシンプルで直線的なものばかりではありません。というより、ほとんどがもっと複雑かつ構造的です。「CMを増やせば売上があがる」「認知度が向上すれば売上があがる」「SNSでバズれば売上があがる」「インフルエンサーが投稿してくれれば売上があがる」などのように、因果が直接的かつ直線的なものではないのです。
戦略は俯瞰して「構造」を視る
ほとんどの「結果」には「原因(要因)」があります。ただ、「結果」に影響を与える「要因」はひとつではなく、複数あります。「因果関係」の「因(原因・要因)」は複数あり、この「因」を統計学では「変数」と呼びます。
わかりやすく理解するために、体重(ダイエット)を例に考えてみましょう。図3を見てください。
「最近太ってきたな……」「ダイエットするぞ!」と考えた場合、多くの人は食べる量を減らすか、運動するか、またはその両方に取り組みます。体重は直接コントロールすることができない「結果(出力)」であり、体重(の上下動)は摂取カロリーと消費カロリーという2つの「変数(入力)」に影響を受けることを知っているからです。
しかし、話はここで終わりません。食べる量を減らし、運動をすれば、体重は減る。これほどわかりやすくシンプルなことはありません。誰でもできそうです。しかし、ダイエットに取り組んだことがある方ならわかると思いますが、これが本当に難しい。なぜダイエットはこれほどまでに難しいのか。その理由を紐解いてみましょう。
摂取カロリーを減らすためには「食べる量」を減らせばいい。しかし、これがなかなか減らせない。その理由は、「食べる量」という変数には、さらに複数の変数が関わっているからです。仕事が忙しかったり不規則になると食事のタイミングや回数が乱れます。忙しくて昼食が取れなかった日は、夕食や深夜にどか食いをしてしまうこともあるでしょう。
また、仕事上のストレスが大きくなると、飲酒の量も増えがちです。お酒をたくさん飲むと、お酒自体のカロリーもありますが、ビールのお供に食べるフライドポテトや唐揚げなども摂取カロリーを増やしてしまいます。同時に、栄養バランスも崩してしまう。さらに、飲酒量が増えると睡眠の質が悪くなり、睡眠の質が悪くなるとさらにストレスを増してしまうという悪循環。
このように、「食べる量を減らそう!」と思っても、それがなかなかうまくいかない理由は、様々な変数(ここでは仕事やストレス、飲酒、睡眠など)が影響しているからです。そして、それぞれの変数は独立して存在しているのではなく、因果の構造を形成しているのです。
また、体重を減らす(消費カロリーを増やす)ためにジョギングやランニングを始める人も少なくありません。しかし、これがまた続かない。その理由は「仕事で疲れている」「眠い」などもありますが、「走りに行こうと思ったら雨が降っていて行けない」や「寒すぎる」「暑すぎる」などといった天候の問題です。天候は自分の努力ではコントロールできない「アンコントローラブル要因」です。
このように「ダイエットの難しさ」にも、「構造化された変数」や「アンコントローラブル要因の存在」が潜んでいるのです。
売上がつくられる因果構造
「CMが良かったから売れた」「商品が悪くて売れなかった」など売上の好調・不調を言い当てようとする会話はそこら中で繰り広げられています。しかし、先に述べたように、売上という結果(出力)には複数の変数(入力)が密接に関わっており、かつそれらの変数は因果や相関でつながっています。これを示したのが、拙著『売上の地図』(日経BP)であり、図4はそれをさらにわかりやすく改変したものです。
売上が「変数の構造物」によってつくられているのなら、必然的に戦略も「構造的」なものになります。戦略は、直線的ではなく構造的なのです。
構造は俯瞰しないと描けない
構造が「いくつかの部分から全体を成り立たせる組み立て」であるならば、正しく構造化するためには全体を大局的に考察できなければなりません。そのために必要なのが「俯瞰の目」です。
図5は銀座の地図です。(1)はストリートビュー、(2)は銀座周辺、(3)は首都圏、(4)は関東一円を見通す視座です。仕事に例えると、(1)は実務経験が1~3年の「現場担当者の目」です。銀座一帯は高い解像度で見えているため、「銀座で起きている問題」には気づき対処することができます。しかし、「隣町で起きている問題」には気づけず、対処できません。
また、「銀座で起きている問題」が「隣町で起きている問題」によって引き起こされていても、その因果に気づけません。そのため、いくら銀座の問題を解消しても、次々と問題が発生してしまうことになります。なぜなら、銀座で起こっている問題(因果の「果」)は、隣町で起こっている問題(因果の「因」)に起因しているからです。銀座で起こる問題を減らすためには、隣町の問題解決に着手しなければなりません。
同様に、(2)の視座を持つ人は、首都圏で起きていることに起因する問題には気づけず、(3)の視座を持つ人は、関東一円で起きていることに起因する問題に気づけません。「戦略全体を俯瞰して構造化する」ためには、できる限り高いところから全体を見渡せる「高い視座」が必要なのです。
大切なのは視座をチューニングできる力
一方で、視座が高ければいいという話でもありません。(4)の視座で全体像が見えても、(3)(2)(1)が見えなければ正しく問題点を把握できません。現場感に疎い上層部が考えた戦略の実現可能性が低い理由はここにあります。
上空から見れば、「問題はAとBだ!」「AとBを徹底的に解決して売上を増やせ!」となっても、現場からすると「いやそりゃそうなんだけど、それができなくて困ってるんだよ……」となりがちです。なぜならAとBが問題なのは、近隣のCやDやEが問題を起こしているからです。
つまり、高い視座を持つ人が常に正しい判断ができるわけではなく、(1)~(4)の視座を必要に応じて「ズームイン・ズームアウトできること」が大切なのです。
思うように売上があがらないとき、その結果を引き起こしている変数には、製品パフォーマンス、売り場、想起、好意、信頼、クチコミ、ソーシャルメディア、オウンドメディア、インフルエンサー、ブランド、ロイヤルカスタマー、広告、PR、販売促進、従業員のやる気、競合の存在、景気など様々なものがあります。これら個別の変数までズームインし、仮に「想起」に問題がある場合、さらに「想起」についてズームインする。そして、課題解決に向けた施策を講じながら、今度はズームアウトして全体への影響を測定・検証できることが必要です。
役職が上がれば、対処しなければならない範囲が広がる(視座を上げなければならなくなる)ため、「現場の細かいこと」はわからなくなります。しかしそれは「現場感をなくすこと」とは違います。現場の細かいことはわからない。しかし、現場で「どんな問題が起こりがちなのか」「その問題が起こる要因にはどんなものがあるのか」「その要因は他のどんな要因と影響し合っているのか」「解決する手立て(施策)にはどんなものがあり、どんな施策は効きづらいのか」などについて熟知していなければなりません。
高い視座を持つ人の役割は「高所から(現場感のない)指示を出すこと」ではなく、低所から高所まで縦横無尽にズームイン・ズームアウトをしながら、全体構造の中で問題点を明らかにし、課題解決に向けた施策の組み合わせや選択の意思決定をすることです。「点」や「線」を理解しているからこそ「面」の状態を正しく「視て、診る」ことができるのであり、「点」や「線」(=現場感)の視点を持たない「面」の考察による号令は「理想論」や「単なる希望や願望」です。それは決して「戦略」にはなりえません。
「売上」を「効果測定指標」にしてはいけない理由
大事なことなのでもう一度言いますが、売上は「結果」であり直接コントロールすることはできません。だからこそ、売上を効果測定指標にしてはいけません。
車の運転をしていて時速30kmで走っているとき、当たり前ですが速度メーターは時速30kmを示しています。他の車の流れに乗るように、スピードを時速40kmまで上げたいとき、何をしなければならないか。当然、アクセルを踏まなければなりません。このとき、アクセルが入力、車のスピード(速度計に示される数値)が出力です。売上も同じです。入力(施策)があり、出力(売上)がある。まずこの「因果の順番」が大前提です。
そして、結果に影響を与える要因(変数)は複数あり、それらは構造的につながっています。結果に影響を与える変数が構造的なのであれば、戦略も構造的でなければなりません。
売上は原因特定解像度が低い
本題に入りましょう。なぜ「売上」を「効果測定指標(≒KGI)」にしてはならないのか。それは、売上は数多ある経営指標の中で最も「原因特定解像度」が低い指標だからです。
原因特定解像度とは、その名の通り「施策(入力)の成功や失敗(出力)の原因をどのくらい正確に特定できるか」を示すものです。先に挙げた車の例で言えば、スピードが上がった主要な原因は、(1)アクセルを踏んだ、(2)下り坂だった、(3)強い追い風が吹いた、の3つくらいしかなく、原因特定解像度が高いと言えます。
一方、本格的なインド料理屋などで提供される「30種類のスパイスを使用して作ったカレー」の場合、「どのスパイス」が「おいしさ」に影響を与えているのか、原因(特定のスパイス)を特定することは困難です。この場合、原因特定解像度が低いと言えます。
では、原因特定解像度が低いからと言って、それぞれのスパイスに「意味がない(役に立っていない)」のかと言えば、当然ながらそんなことはありません。クミン、コリアンダー、シナモン、クローブ、ナツメグ、ガラムマサラ、カイエンペッパー、ブラックペッパー、ジンジャーなどのスパイス(入力)すべてが調和し「おいしさ」という「結果」を出力している。この「おいしさ」は、マーケティングにおける「売上」とよく似ています。
入力には「役割」がある
原因を特定することのもうひとつの難しさは、入力(施策)の役割がそれぞれ異なることです。カレーの「辛さ」を調節したいのなら、カイエンペッパーの量を変えればいい。しかし、カレーの「おいしさ」を向上させたい場合、その方法(使用するスパイスの種類や調合、使用する具材や調理法)は多様で、選択肢は多岐にわたります。
カレー作りにおいてクミンが良い匂いを出し、カルダモンが清涼感を出すように。サッカーでは11人の選手がいて、攻めや守りなどそれぞれに役割があるように。電子回路に基盤、抵抗器、コンデンサ、インダクタなど様々な部品があるように。あなたの会社にも様々な部署があります。
会社(経営)の目的は(雇用の創出や納税や社会貢献などを前提として)売上と利益をあげることです。ですから、あなたの会社にあるあらゆる部署、チーム、個人が取り組んでいる仕事は、すべて「売上と利益をあげること(またはそれを支援すること)」に向かっているはずです。
良い商品を作るための基礎研究や応用研究も、売れる商品を開発するためのリサーチ・商品企画・設計・購買・開発も、広域流通や卸営業や店頭販促やECも、広告も広報もマーケティングも顧客サポートも、さらにそれらの部署を支えるバックオフィスも、すべて売上と利益をあげることを最終目標とし、それぞれ課せられた「役割」を果たすべく努力をしています。
誰の仕事が売上をつくっているのか、逆に誰の仕事は売上に寄与していないのか、それぞれを「虫の目」で視るのではなく、結果としての売上に影響を与えている戦略や施策の構造を「鳥の目」で俯瞰し、大局的見地から「資源の入力を調整」する。「売上=異なる役割を持つ社員全員の仕事が少しずつ効いてつくられるもの」と認識することが戦略設計のスタートラインとなります。
このように、売上は複数の部署が、さらにそれぞれ複数の入力を行った結果として得られる最終出力であるため、原因特定解像度が低く、何が今月の売上の上下動に影響を与えたのか、細かく把握することは困難です。
だからこそ、部署やチームのKGIは「売上」ではなく、(1)売上と因果関係にあるまたは相関する、(2)当該部署の努力で可変、と言える指標をKGIとすべきです。宣伝部であれば、商品や価格やプロモーションや配荷などのマーケティング全体の効果としての売上ではなく、広告効果としての認知や商品理解、さらにそれらの向上による購入意向をKGIにすべき、ということです。過去に当該商品を購入したものの満足度が低かった顧客の「リピート購入」を広告だけで促進することはできません。広告は売上づくりに貢献しますが、広告だけで売上をつくることはできないのです。
良い戦略の4要素
戦略が「絵に描いた餅」になりがちなのは、戦略の4要素、つまり「実行可能」「実現可能」「計測可能」「再現可能」を満たしていないからです。
「戦略はつくったけど予算が足りない」「競合や天候など、自社でコントロールできない要素が多すぎて戦略通りに行かない」では困ります。戦略は実行可能でなければなりません。
「成長市場に参入するのはいいけど、うちにそこで勝てるノウハウなんてあったっけ?」「上層部は来年度中に売上1.5倍にしろって言うけど絶対無理!」では困ります。戦略は実現可能でなければなりません。
「戦略って測定が難しいよね」「結局、今回の戦略がうまくいったのか、よくわからないな」では困ります。戦略は計測可能でなければなりません。
「今期は(偶然)SNSで話題になって客数が伸びたな!」「来期もテレビとかで紹介してもらえると客が増えるんだがなあ……」では困ります。戦略は再現可能でなければなりません。
戦略とは、「目標を達成するために全体的な資源配分を決めること」です。すべての戦略がうまくいくことなどないので、戦略実行後、「何がうまくいき、何はうまくいかなかったのか」を振り返り、改善を加える必要があります。その際、重要になるのが「計測可能な戦略になっているかどうか」です。「戦略のパス(大きな経路)ごとに計測可能な数値目標が設定されているかどうか」と言ってもいいでしょう。ぜひ意識してみてください。