N1を起点に生まれたロート製薬「50の恵」
MZ:誰かが強く価値を感じるものは他の人の心にも訴える可能性がある、というのはビジネスでも同じなんですか?
西口:はい。ビジネスでの例を紹介すると、以前ロート製薬で担当したスキンケアブランド「50の恵(めぐみ)養潤液」があります。社内の20代のメンバーが「自分の50代の母親が抱える肌の悩みを解決したい」と考えたことを発端に、50代以上の女性向けに50種類の成分を盛り込んでいるシリーズです。
そのお母様の「自分に合う商品がない」という悩みをもとに、会社近くの商店街などに出かけてたくさんの方々に声をかけ話を聞くと、50代以上の方々が少なからず同じように感じていることがわかりました。そして「ある程度はきれいにしていたい」「でも、化粧水や乳液などあれこれステップを踏むのは大変」という具体的な課題が把握できました。
このことから、スキンケアが1本で済む“オールインワン”のコンセプトを立て、今度は「こういう商品があったらどうですか?」といろいろな方に聞いたところ、特に50代以上の女性から強い反応があったのです。そうして商品化に踏み切り、ヒットにつながりました。
対象を絞り込むと訴求力が強くなる
MZ:発端は一人の意見=N1で、それをもとに他の方にも聞き、仮説を立てたらまたそれをもとに聞いていくのですね。「50の恵」というネーミングは、50代の方には「自分向け」と注目してもらえそうな一方、それ以外の方には排他的に働きそうな気もしますが……。
西口:確かに、他の会社なら間口を広く取りたいといった理由で却下されていたかもしれません。このネーミングが実現できたのは、開発の過程で50種類の成分を入れられると判明したからですが、ロート製薬は「手に取って確実に喜ぶ方がいるならいい」という考えが徹底していることで、ブレずに進めることができました。
「間口を広くすれば、それだけ多くの人に買っていただける」と思いたくなりますが、実際には違います。提案の内容が平均化し、凡庸になるため、結局は誰の心にも響かないものになってしまう。先の料理の例で、鍋を用意するイメージです。
MZ:対象を絞り込むほど強く「欲しい」と思ってもらえて、それに共感する人も見つかる、ということですね。
西口:その通りです。その絞り込みは大胆に行うべきです。究極的には、自分自身がN1の顧客になることもあります。創業者や開発者が自分が強く望むものを生み出し、多くの人の賛同を得られるような場合です。
MZ:自分がN1になる、ですか?
西口:はい、そう珍しいことではないですよ。有名な例だと、ソニーの「ウォークマン」は、創業者の一人である井深大氏自身の要望に基づいていることが同社公式サイトのSony Historyに書いてあります。またスタートアップの創業の背景には、自分が欲しいと思うプロダクトの開発とともに起業した、という経緯があることも少なくありません。
