戦略と戦術を正しく組み合わせるために「Bothism」の概念を
このように、エビデンスベーストマーケティングでは「規則性と例外をセットで覚えておく」ことが大切です。こうした場合分けを専門用語で「境界条件」と言ったりしますが、現実の市場や消費者行動には数多くの境界条件が存在します。
当然、まだ判明していない条件もありますが、まずは自社カテゴリーに関連のある既知の規則性から覚えればよいでしょう。もしくは、もっとシンプルに「ボリュームを増やしたい時」と「マージンを高めたい時」で分類しておけば、大きな落とし穴は避けられるのではないかと思います。
負の二項分布の左側、つまり未顧客やライトユーザーに着目し、購買回数や浸透率の増加を目指すアプローチを、私は「ボリューム戦略」と呼んでいます。それに対して分布の右側、一部の高価値顧客に着目し、利用額や利益率の増加を目指すアプローチを「マージン戦略」と呼びます。
先に述べた通り、極めて小さなブランド以外は、結局、浸透率(新規獲得)とロイヤルティ(既存顧客)の両方をケアする必要が出てきます。従って、どちらのゴールに対してどのようなアプローチが有効なのかを理解しつつ、バランスをとることが重要です。
私がコンサルに入る時も、まずはエビデンスに基づいてこれらのバランスをとることから始めます。というのも、それぞれのゴールに効果のある打ち手は全然違うのですが、それらが混同され、各種の取り組みがサイロ化しているブランドが結構多いのです。
たとえば今期の目標に販売数量の増加(ボリューム成長)を掲げているのに、マージン成長向けの施策ばかりになっていたり、あるいはその逆だったりという具合です。その「掛け違い」を直すだけでも成果が出ることがあります。
次の図は、どちらの戦略でどのような戦術が有効なのか、実証研究を参考に整理したものです。

もちろんこれ以外の境界条件や他の規則性も同時に考慮する必要はあります。それらについても本連載を通して明らかにしていければと思いますが、このように「一見対立しているように見えて、実はその両方が大切」「本質はその使い分けや組み合わせにあるのだ」という考え方は、海外のマーケターの間で“Bothism”(Mark Ritson)や“Long & Short”(Binet & Field)などと呼ばれており、エビデンスベーストマーケティングの中でも重要な着眼点になります。
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【引用文献】
Baldinger, A. L., Blair, E., & Echambadi, R. (2002). Why brands grow. Journal of Advertising Research, 42(1), 6-14.
Binet, L., & Field, P. (2018). Effectiveness in context: A manual for brand building. Institute of Practitioners in Advertising.
Dawes, J., Graham, C., Trinh, G., & Sharp, B. (2022). The unbearable lightness of buying. Journal of Marketing Management, 38(7-8), 683-708.
Graham, C., & Kennedy, R. (2022). Quantifying the target market for advertisers. Journal of Consumer Behaviour, 21(1), 33-48.
Pauwels, K., & van Ewijk, B. (2013). Do online behavior tracking or attitude survey metrics drive brand sales? An integrative model of attitudes and actions on the consumer boulevard. Marketing Science Institute Working Paper Series, 13(118), 1-49.
Sharp, B. (2010). How brands grow: What marketers don't know. Oxford University Press.
田中洋(2017)『ブランド戦略論:Integrated Brand Strategy: Theory, Practice & Cases』有斐閣