日本企業は広告費にお金をかけるが……
米国で626.3億ドル、英国で110.7億ドル、日本は21.1億ドル。これらの金額は何を示していると思いますか?
これらの金額は、実は各国のマーケティングリサーチ費の金額(出典:Global Market Research 2022)です。さらに、広告費に対するリサーチ費用の割合を見てみると、日本が4.7%であるのに対し、英国は26.1%、米国は23.1%で、歴然とした差があることがわかります。
この調査結果を示した上で「日本企業は広告には投資するものの、消費者調査にはお金をかけない傾向がある」と、リサーチが軽視されている問題をズバリ指摘する書き出しから始まるのが、今回紹介する書籍『その決定に根拠はありますか? 確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング』(マイナビ出版)です。
著者の一人である小川貴史氏は、マーケティングアナリストとして、数々の企業でマス・デジタル両方のマーケティング戦略の最適化に注力してきた人物。著者が、実務と研究を行き来しながらまとめた本書は、定量データや定性データの洞察から、戦略を構築するためのエビデンスの作り方をテーマにしています。
ベースとなるのは、『ブランディングの科学』シリーズ(朝日新聞出版)、『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(KADOKAWA)に登場する、法則や消費者行動の確率モデル。これらの活用方法を、調査データを用いて実際に分析しながら全6章で解説しています。
思い込みをデータで塗り替えて、適切な戦略を導こう
第1章で紹介されているのは、「なぜ市場浸透率が重要なのか?」という、本書の前提となる話。「ダブルジョパティの法則」と、その関連法則である「購買重複の法則」などが登場します。また、マクドナルドとKFCを含む外食チェーン7ブランドを比較した消費者データを分析することで、これらの法則を実証。冒頭から、数字によるエビデンスの説得力の強さを実感させられます。
たとえば購買重複の法則は、ブランドの顧客基盤が市場シェアに応じて競合ブランドと重複することを示す法則です。市場浸透率が低いブランドほど、高いブランドとの重複が大きくなる傾向があります。
外食チェーン7ブランドの1年間の購買重複データによると、市場浸透率が他社より20%以上高いマクドナルドは、他社との重複率が軒並み90%を超えています。つまり、他の外食チェーンを利用する人であれば、ほぼマクドナルドを利用していることがわかります。
著者はマーケティングの現場で「これらの法則を理解しないまま、無理筋な目的からブランドにまつわる示唆を発見しようと調査や分析に取り組む場面を見かける」といいます。しかし「土台とすべきは、データをエビデンスとした市場と顧客の構造理解と、カテゴリーバイヤーの傾向理解である」と説いています。
第2章以降では、市場と顧客の構造とカテゴリーバイヤーの傾向理解を深めるための分析方法として、特に「MMM(※)」を中心とした手法を詳しく紹介しています。
※MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)は、企業が複数のチャネルで実施したマーケティング施策の効果を、データを用いて測定するための方法論
自分の中に顧客人物像を作り上げ、なりきれているか?
本書の主題はデータ分析ですが、顧客理解を深めるにはデータ分析だけでは不十分です。そこで第6章では、共著者であるマーケティングリサーチャーの山本寛氏が、アンケートやインタビューを通じて顧客インサイトを探る手法を紹介。「新たな観光サービスのコンセプトを探る」という想定で、実際にリサーチが進んでいきます。
新たな市場を発掘するための調査分析法がテーマなので、新規事業に関わる方には特に参考になる内容です。
山本氏は、マーケティング施策を成功させる鍵は「顧客視点を持つこと」にあると述べています。そして顧客視点を持つためには、「自分の中にリアリティのある顧客の人物像を作り上げ、実感をもってそれになりきれる状態」になるまで顧客理解を深めることが重要なのだそう。
この境地に達するには、経験を積むことが必要不可欠ですが、「まずはやってみること」という前向きなメッセージとともに、インタビューの具体的なノウハウを紹介し、読者を後押ししています。
リサーチに取り組みやすいサービスが増えている
リサーチは、事業会社にとって欠かせないものですが、調査会社などに委託すると高額な費用がかかるため、実施を断念せざるを得ないケースも少なくありません。しかし、最近は手軽に調査と分析を行えるツールが普及しています。
本書では、Metaが提供する無料の自動MMMツール「Robyn(ロビン)」や、オンライン上で手軽に定性調査を実施できる「Sprint(スプリント)」などが、紹介されています。
さらに、読んで終わり……ではなく、ExcelとRobynを用いた応用的な分析を習得するための、動画講義と演習用のデータがオマケとしてついてきます。
本書は、エビデンスに基づいた意思決定に取り組みたいマーケターのレベルアップを後押しするだけでなく、新規事業や新興ブランドの戦略に向き合う人にとっても、貴重な示唆を与えてくれる一冊となるでしょう。