共通目標や社内契約で組織の壁を解消
──ABMを進める上で、必ずと言って良いほど生じる課題が「組織の壁」だと思います。御社の場合はいかがでしたか?
新体制に切り替わる前は、営業に渡したMQLをなかなか受け取ってもらえなかったり、問い合わせの数を求める営業に対して事業開発部の担当者が難色を示したりと、組織面の課題がいくつか見られました。MQLを受け取ってもらえなかった原因は、デジタルマーケティング部が勝手に「良し」と判断したMQLだった点にあります。営業から見て欲しいリードとは言えなかったのです。
──どのように課題を解決されたのでしょうか?
デジタルマーケティング部のKPIを「MQLの数」ではなく「創出された売上」に変更しました。要は営業の手に渡った先の数字をKPIとし、営業と同じ目標を見据えることでMQLの精度を高めたわけです。現在もブラッシュアップを続けていますが、以前よりも精度は飛躍的に上がっていると思います。
加えて、営業との間に「Service Level Agreement(SLA)」と呼ばれる社内契約を締結しました。SLAにはスコアリングルールのほか「スコアが〇点に到達したリードをMQLとして渡すから、営業はリサイクルするかアクセプトするか判断すること」などの要件を記載しています。以前は担当者間でやり取りを交わしていたため強制力が働きにくかったのですが、現在はトップダウンで全ての営業拠点にPDF化したSLAが行き届いています。
顧客の立場になって感じたABMの意義
──MAツールの導入から体制変更、ABM強化を経て、得られた成果を教えてください。
2021年から2024年までの間、デジタルマーケティングによる案件創出率は毎年50%ずつ増えてきました。つまり、3年間で案件創出数が約3倍に増加しています。
──定量的な成果が現れていて素晴らしいです。井上さんは、自社のマーケティング戦略にABMを取り込む意義がどのような点にあるとお考えですか?
当社の場合は、営業活動の効率化に大きな意義を見出しています。限られた人数で最大の成果を創出するためには、ABMが不可欠ではないでしょうか。
職業柄、私自身がツールベンダーから営業を受ける立場でもあるのですが、ツールを使って施策を実行するのはフィールドマーケティング部の担当者ですから、私に導入決定権はありません。ただ、私がキーパーソンではないかと言うと、実はそうでもないのです。なぜなら、私からフィールドマーケティング部の担当者にツールを推薦することができるためです。まさにここがABMの介在価値と言えます。組織の構成を理解し、キーパーソンを見極めながらアプローチする重要性を、顧客目線で感じているところです。
昨今は「Goodbye MQLs」というメッセージが話題を集めていますが、当社はやっと「こんにちは」ができた段階と言えます。今後はリードの背景にある社内のつながりや、アカウント全体まで意識した戦略および施策を描けるようにしたいです。
──最後に、展望をお聞かせください。
3年で案件数は3倍に増えましたが、すごいことをやっているつもりは全くありません。まだ着手できていないことも数多くあるため、同業他社の皆様と切磋琢磨しながら活動を続けていきたいです。実際、ある企業のマーケティングチームとは交流会を実施して、情報交換をさせてもらっています。引き続き様々なBtoB企業と交流を深められるとうれしいです。
現在は一般的なABMの“型”を自社の業務に当てはめて、やっと土台が完成した段階です。今後は自社にフィットするよう型をアレンジする必要があります。旭化成エレクトロニクスならではのマーケティングの確立に向けて、チャレンジを続けたいです。