売上2兆円を突破、35 期連続で増収増益を達成
100m先でも存在を感じられるド派手な看板、入口に掲げられた青いペンギン、圧縮陳列の棚、商品説明に埋め尽くされたパッケージのPB商品……。ここまで聞けば、店舗を目にしたことがあるほとんどの人は、ドン・キホーテのことだとわかるでしょう。個性的で、唯一無二の存在を示すドンキ。運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)は、売上高が2024年6月期には2兆円を突破。35 期連続で増収増益を達成しており、セブン&アイHD、イオン、ファーストリテイリングに次ぐ日本小売業4位にまで成長しました。
PPIHがなぜ好調なのか。その舞台裏が気になる方にお薦めしたい本が『ドンキはみんなが好き勝手に働いたら2兆円企業になりました』(日経BP社)です。本書は、同社社長である吉田直樹氏と、2021年からリニューアル商品を展開したPBの「情熱価格」を手掛けた森谷健史氏、パートナー企業である博報堂クリエイティブディレクターの宮永充晃氏らが、経営とマーケティング組織・戦略の側面から、ドンキの取り組みを語っています。
本書では、情熱価格のリブランディングがどのように行われたのか、ということを中心に話が進みます。これまで成長を遂げてきたドンキですが、さぞかしマーケティング部門がうまく舵取りをしてきたのだろうと想像する人も多いでしょう。しかし、実はPBのリブランディングに取り組むまで、同社にマーケティング部門は存在しませんでした。同社がさらなる成長のドライバーにすべく取った戦略が、全社を横断するような施策を作るマーケティング部門の新設と、PBのリブランディングだったのです。
ドンキの顧客最優先主義を生み出す「権限委譲」
ドンキの成功を語る上で欠かせないのが、徹底した「顧客最優先主義」です。そして、この顧客最優先主義を支えているのが、同社の独特な企業文化である「権限委譲」。これは、業務上の目標を達成するため、上司が権限の一部を部下に委ねるというものです。
総額1兆6,000億円の売上を生み出している商品仕入れの判断をしているのは、各店舗の売り場担当者なのです。アルバイトであれ、社員であれ、店頭に立ち顧客と接する売り場担当者が、お客様が今欲しいものを考えて仕入れを行い、「(売り場ではなく)買い場」を作り上げます。そのため現場に立たない社長は「仕入れに対する権限はゼロ」なのだそう。
だからこそ、現場のスタッフがその土地柄やお客様に合わせて店頭を編集して、常に驚きを提供し続けられるのです。
しかしこの企業文化ゆえに、PBを展開するにも一筋縄には行きません。PB商品は「セントラル・バイイング(本部一括の集中仕入れ)」で展開されるもので、本部の指示を受けて販売するのが基本的な構造です。しかし現場が仕入れを判断し、P/Lの責任を持つドンキの場合、買い場責任者の本音は「売れなかったらどうするの?」。ただ安いだけで特徴がなかったリニューアル前のPB商品は、現場が「売る気にならない」商品だったといいます。
その状態からPB商品に「ドンキらしい魅力」をいかに生み出していくか。そして、現場が納得してそれを売りたいと思えるか。同時に、お客様がPBの商品を求めてドンキに足を運んでくれるようになるか。新設されたマーケティング部の挑戦が、本書で面白おかしく描かれます。
ヒット商品を生み出すドンキ流の“秘伝のタレ”
本書には組織という大局的な視点での示唆だけでなく、現場レベルで実践できそうなヒントも満載です。一例として、PB商品を企画する時の「What3ヵ条」と、そのセールスポイントをどう顧客に伝えるかをまとめた「How3ヵ条」を紹介します。
・しっかりターゲットを見定められているか
・顧客のメリットに還元されているか
・『世の中の当たり前』ではなく独自性があるか
【How3ヵ条】
・顧客のメリットを表現できているか
・アイキャッチ力があるか
・ストーリーに納得感があるか
商品起案会議では、What3ヵ条を基に企画が練られます。そして起案した商品のパッケージを誌面(メディア)と捉え、How3ヵ条を基に表現を徹底的に磨き上げます。これらは、いわばヒット商品を生み出す源泉となる、ドンキ流の“秘伝のタレ”なのだそう。実際にヒット商品となった「かける紅生姜」や「素煎りミックスナッツDX」を例に、秘伝のタレでどう調理したのか、会議で叩き上げられたのかは、本書の見所の一つです。
ビジネス本というと眉間にしわを寄せて読まざるを得ないような本も多いですが、本書は「(笑)」が連発するカジュアルな語り口で、すらすらと読めます。また、表紙の裏には「ドンキ名言集」が収録され、袋とじには「ドンペンシール(全5種類)」のおまけ付き。本書の構成からも、お客様を楽しませたいという、ドンキの心意気が感じられました。