ダークサイドと過小評価のジレンマ
MZ:多くの顧客に気づいて欲しい、振り向いてほしいという強い思いが、つい過剰な工夫を引き起こしてしまうのですね。
西口:はい。気を付けるべきは、冒頭で吉永さんに答えていただいた「顧客起点でのよいコミュニケーションと、企業起点でのよいコミュニケーション」の違いです。
もちろん、顧客からいただく利益は事業成長の源泉なので、プロダクトが売れることは大事ですが、それゆえに自然と企業起点になるのです。したがって、常に意識的に顧客起点になろうとする必要があります。自社プロダクトがいいものだと信じて疑わないと、過剰な広告表現やコミュニケーションになっていても気づきにくいので、顧客にとって本当に価値が生まれる自社プロダクトの便益と独自性は何か、それが正しく伝わっているかの検証を忘れないでいただきたいです。
また、ここには「ダークサイドと過小評価のジレンマ」という問題もあります。
MZ:ジレンマとは、どういうことでしょうか?
西口:仮に顧客が“10”の価値を見出すプロダクトがあったとして、ダークサイドに陥って“15”あるようにコミュニケーションで見せると、“5”の分だけ「過剰期待」させてしまいます。その結果、顧客はがっかりして、一過性の売り上げで終わる可能性が高くなります。
ですが、逆に自社プロダクトを低く見積もって“5”しか訴求しないと、顧客に“-5”の「過小評価」をされ、「潜在的な売り上げの未実現」となってしまうのです。もっと売れるはずなのに売れない、ということです。こうしたジレンマの間で、マーケティングに関わる人は悩みます。
過剰期待をさせず、過小評価もされないよう、プロダクトが提案する便益と独自性をきちんと訴求していくことが、顧客との健全な関係と信頼を築き、継続的な売り上げにつながります。
秀逸だったMacBook Airの見せ方
MZ:過剰でも過小でもない、ジャストな訴求をすべきなのですね。参考に、ダークサイドに陥らず、プロダクトの提案を適切に伝えている例を教えていただけますか?
西口:世の中には、こうしたダークサイドをクリアして、プロダクトの便益と独自性を的確に、かつ印象深く伝えている事例もたくさんあります。その中でも私がすばらしいと思うのは、2008年にAppleが発売した「MacBook Air」の見せ方です。
MacBook Airは「世界最薄のノートブック」として発表されました。そのプレゼンテーションにおいて、スティーブ・ジョブズ氏は発表会の壇上で、書類用の薄い封筒からMacBook Airを取り出したのです。当時のノートPCは分厚く、封筒に入るものではなかったので、彼の手からノートPCが取り出された時には会場の皆が驚き歓声を上げました。
MZ:プロダクトの特徴がひと目でわかる伝え方ですね。
西口:このパフォーマンスは、プロダクトがどれほど優秀かを語らずとも、見せるだけでその便益と独自性を一瞬で知ってもらえるものでした。言葉がいらないので、世界中の人にわかりますし、誇張や嘘が加わる余地もありません。プロダクトが提案し得る価値を、過剰にならずに最大限に伝える。秀逸なコミュニケーションアイデアといえるでしょう。
このようにマーケターは、顧客と企業、それぞれの立場にとってのよい広告の違いを念頭に置いたコミュニケーションアイデアを検討しつつ、マーケティングのダークサイドに陥らないよう常にモラルを持ち続けなければいけません。
西口氏のマーケティング入門連載【第21回】はこちら!
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