平時の仕組みが通用しない、危機時の価格戦略
立教大学の沢柳知彦特任教授による「コロナ禍のホテルレベニューマネジメントにおける流動性の罠とオペレーターの対抗策(PDFダウンロード)」では、ホテル事業者の価格戦略について検討しています。
多くのホテルでは、繁閑に応じて宿泊料を変更し利益を最大化するレベニュー・マネジメントを行っています。宿泊者が多く客室の稼働率が高い日の客室単価は高く、宿泊者が少なく客室の稼働率が低い日の客室単価は安く設定され、これを動的に変化させる仕組みです。これは「ダイナミック・プライシング」とも呼ばれます。
ホテルは客室の稼働率を高めることが利益を得るために重要であるため、価格を下げてでも宿泊者を確保しようとします。しかし、危機を原因として宿泊者が減少した場合には、このレベニュー・マネジメントが機能しない、つまり価格を下げても宿泊者が増えないことが明らかになりました。
これは経済学でいわれる「流動性の罠(金利を一定水準以上下げると、それ以上の景気刺激につながらない状態)」に類似しています。こうした状況下では、客室稼働率を高める通常の取り組みではなく、厨房や宴会場をはじめとしたホテルの施設や人材を使ったその他のサービスを提供することで売り上げを確保していました。
地域の再生と観光業
一橋大学の鎌田裕美教授による「自然災害被災地の復興と観光の役割 ― 浜の暮らしのはまぐり堂を事例に ―(PDF)」では、東日本大震災後の地域の再生に焦点を当てています。
観光地の中には自然資源に依存している場所も多く、それが災害で破壊されることで地域の観光業が影響を受けます。地域の観光業が打撃を受けると観光従事者が移住・離職してしまうため、再興しようとしても担い手がいない事態が起きます。
したがって、この研究における「地域のレジリエンス」とは一事業者の事業成果の回復ではなく、地域に関わる様々なステークホルダーが再度集積し相互につながることで、地域のエコシステムが再構成されることを指しています。
この研究では宮城県石巻市にある「浜の暮らしのはまぐり堂」を対象に、代表やスタッフへのインタビューから、地域のレジリエンスにおける観光業の役割を考察しています。観光業が地域の人やビジネス、様々な資源をつなぎ、地域コミュニティを再興する姿が記述されています。
自然資源の観光価値
ハワイ大学マノア校のエバーソール ドーラン氏とペング マーカス氏、樽井礼教授、上智大学の柘植隆宏教授による「観光とビーチ ― 多層的な需要とその持続可能性 ―(PDF)※英語、日本語は要旨のみ」では、ハワイのオアフ島のビーチを維持することの経済的価値を検討しています。
地球規模の気候変動により、海岸の浸食が世界中で起きています。有名なワイキキビーチも例外ではなく、ビーチの幅が徐々に狭くなっています。観光業が重要な産業であるハワイにとって、ビーチの消失は大きな経済的損失になります。
この論文では、観光客にとってのビーチの価値を推定した上で、オアフ島にある複数のビーチが代替できない、固有な価値を有していることを示しました。つまり、観光客に人気があるいくつかのビーチだけを守るのではなく、すべてのビーチを守る必要があるということです。この結果は、観光資源を守る活動をしている人々に明確な根拠を与えるだけでなく、観光関連の事業者が積極的に保護活動に取り組む必要性を示しています。
これら5つの論文を通して、観光業が自然や地域と結びつきながら成立していることがわかります。事業者の利益だけでなく、ステークホルダー全体を視野に入れたソーシャル・マーケティングが求められています。