「AIができないコミュニケーション」が従業員の価値
一方、AIがチャットボットなどで顧客からの問い合わせに自動対応したり、オンラインショップでその顧客に適した商品をレコメンドしたりと、これまで従業員が担っていた役割をAIが果たしているのも事実である。AI活用時代には「人」としての従業員はどのような役割となるかも改めて整理する必要がある。
LVMH傘下で化粧品や香水を取り扱うSephoraもAI導入を牽引する企業の1つである。Sephoraはオムニチャネル戦略に積極的に取り組む中で、ロイヤリティプログラム「Beauty Insider program」に参加するための「Beauty Insiderアカウント」を基盤としてAIを活用したパーソナライゼーションを提供している。
AIアルゴリズムとしてBeauty Insiderアカウントに紐づけられた顧客の商品閲覧・購入履歴、ソーシャルメディアでのやり取り、マーケティングキャンペーンへの反応などをもとに顧客に合った商品がレコメンドされる。
またSephoraが提供するアプリ「Virtual Artist」とも連動しており、AIアルゴリズムによってレコメンドされた商品をAR技術によって自宅で仮想試用できる。
このように「どこでも自分に合った商品を探せる」といった体験価値の提供を目指しつつも、それはオンラインへの移行を意味しているのではない。Artemis Patrick氏は“Z世代や若者は実際に店舗に来ることが非常に好きだ”という研究結果と共に、「自社の秘密兵器は1000%ビューティーアドバイザーである」と断言していた。
顧客は自分に合わせた商品を選ぶ時、AIなどのツールを相手に何かテキストを入力することはできても、自身のニーズを適切に伝えることができない。
「実はバケーションに行く予定で、日焼けをしたい」「ステージに立つからマットな肌にしたい」といった要望は、ビューティーアドバイザーと“人と人”として始める会話から出てくる。人間同士の会話によって顧客はニーズを適切に捉え、伝えることができるのだ。そのためにビューティーアドバイザーは非常に重要な役割を果たし、AIに代替できるものではないという。
同氏は、AIとは高い専門知識を持ち顧客のニーズを引き出せるビューティーアドバイザーをサポートするためのツールであるべきと語り、Color IQ(AIを活用したデジタル肌スキャンツール)はまさに顧客のインサイトを得ることができるものだと紹介した。
このツールは顧客肌にあてることで、顧客特有のColor IQが発行され、さらにBeauty Insiderアカウントと紐づけられることで、その人にぴったりのファンデーションの色を教えてくれたり、肌に合わせたベースメイクに必要なものをアドバイスしてくれたりする。ビューティーアドバイザーがその顧客に適した情報を瞬時に得られることができるという。
Artemis Patrick氏も「美は触覚的で豊かな表現力を持つ」と述べていたが、だからこそ、顧客は自身のニーズを一言で表現することができず、オンラインでAI相手にリクエストするよりも、実際の店舗に足を運んで人との会話を通したいと思うのだろう。
とは言え、Sephoraの顧客が“現場スタッフと会話したい”と思えているのは現場スタッフの人間性だけではない。Beauty Insiderアカウントを基盤として自分に合った商品をオンラインでも店舗でもオススメしてくれる信頼、店舗で不要なものを押し売りされないという安心があってこそのものである。
現場スタッフの強みはAIができないコミュニケーションでもありつつ、その強みはAIによっても補強されているという現場スタッフとAIはもはや相互補完の関係性になっている。
