何のためにマス広告を打つのか?
まず、広告を打たなければ、需要が発生しても、ブランドが想起されなくなっていきます。大きなブランドには既に大きな顧客基盤と強い流通配荷、口コミといった資産があるため、広告を止めてもすぐに売上が落ちるわけではなく、徐々にライトユーザーの想起集合から外れていきます。
一方、小さなブランドや衰退ブランドにはそうした資産がありませんから、広告を止めるとすぐに忘れられ、売上の落ち込みも大きくなります。そこで慌てて広告を再開しても売上やシェアが戻るとは限りません。「広告を始めたときの効果の出方」と「広告を止めたときの効果の消え方」には非対称性があるからです。1年間の広告停止の影響を回復するには、1年以上の期間が必要になることもあります。
ここで改めて「何のために広告を打つのか」を整理しましょう。こういうときに役立つのがアレンバーグ・バスの提唱する「95:5ルール」です(Dawes, 2021)。
たとえば、ある耐久財が平均して5年に1回買い替えられる場合、任意の1年に買い替え需要がある人は全体の20%、四半期単位では5%となります。四半期ベースの施策で考えると、市場にホットな(いわゆる“刈り取れる”)状態なのは潜在顧客の5%程度だということです(消費財でも購入サイクルと検討にかかる期間が違うだけで、原理原則は同じです)。
さて、ここで「5%の奪い合い」と「95%に対する事前の想起形成」、長期的にどちらのビジネスインパクトが大きいのか考えてみてください。
前者はいわゆるパフォーマンスマーケティングが得意とする領域です。実際、デジタルプラットフォームなどで報告されるROIやROASは、この5%をどれだけ効率的に刈り取れたかを表していることが大半です(MMMで推定した場合は別です)。現状維持で構わないなら、その効率を高めていけばよいでしょう。
しかし、ビジネスが成長するには「効率」の前に「効果」が求められます。つまりブランドが現状からさらに拡大できるかどうかは、後者の95%が市場に入って来たとき(カテゴリー需要が発生したとき)に、何人がブランドを思いついてトライアルしてくれるか、あるいは思い出してリピートしてくれるかにかかっています。
マス広告の役割は、そうした「今は需要が発生していない95%の未顧客」に定期的かつ幅広くリーチして、将来の想起を形成しておくことにあります。
なぜ「TVCM」でなければいけないのか?
もし「広告が消費者を説得し、考え方を変えて買わせる」という“効き方”を前提にするのであれば、「今の消費者は広告なんて信じない」「だから止めても構わない」という理屈になるかもしれません。
ところが、そうした効果はマーケターが期待するほど大きくありません。実際、TVCMを1回見ることによるブランド選択確率の増分変化はどれくらいだと思いますか? 何回目のOTS(広告接触機会推定)かにもよりますが、よくて1〜2ポイント程度。つまり、ほぼゼロです。
短期の広告弾力性が極めて小さいのもそれが理由です。CMを1回見た程度では習慣的な購買行動はほとんど変わらない、しかもキャンペーン期間に刈り取れる需要には上限がある、にも関わらず莫大なコストがかかる――だからCMを打ってすぐ効果測定してもROIは極めて小さいか、負に落ちるわけです。そして、それで構いません。
というのも、長期的に顧客基盤全体を観測するとまったく異なる効き方が見えてきます。たとえば、広告を見て1年に1回買う未顧客が中には出てくるかもしれません。1年に1回しか買わなかったライトユーザーが2回買うようになるかもしれません。確率は“ほぼゼロ”であって、ゼロではないからです。みんなが“くじ”を引き続ければ、いつかは“当たり”が出るわけです。筆者はこの状態を「薄く広い想起」と呼んでいます。
実際、消費財のパレートシェアはおよそ60:20、つまり1年に1回〜数年に1回しか買わないライトユーザーが顧客基盤の8割、かつ売上の4割程度を占めていますから(Dawesetal., 2022)、そうした小さな変化が「市場の大半を占める未顧客層」や「顧客基盤の大半を占めるライト層」で起これば長期的には莫大な売上になります。一定規模以上のブランドの売上というのはそのようにして成り立っているわけです。
すなわちブランドを成長させるためには、なるべく多くのカテゴリーユーザーに対して定期的かつ幅広くリーチして、そうした「薄く広い想起」を維持・拡大していく必要があるということです。そして、その目的に最も適した媒体特性を備えているのが、TVCMに代表されるマス媒体というわけです。
ただ誤解のないよう申し上げておくと、「TVCMでなければいけない」とまで断じるつもりはありません。みなさんのカテゴリーで潜在顧客へ広く認知拡大できる媒体があるなら、それで構いません。
ただ筆者はこれまで何度もMMMを回し、先行研究も見てきましたが、それなりの規模を持つ事業会社やメーカーの場合、TVCM以上に上述の目的に適した媒体を知りません(唯一、カテゴリーによっては一般検索に対するPPC広告がTVCMに迫る効果を持つことはあります)。
