今後カギとなるのは、データ倫理を軸にした「差別化戦略」
MarkeZine:データをビジネスで利活用するために「ユーザーからの信頼を得る」という文脈は、ブランディングに近いものがありますね。
朱:ええ、世界的なシェアを持つスマートフォンのCMのメインテーマが「プライバシー」だったことは象徴的な例ですね。このCMでは、機能性や先進性ではなく、プライバシーへの高い意識と理念を前面に打ち出しています。もはや、データ倫理とそれを実行する企業能力こそが、マーケットにおける差別化戦略になりつつあると言えるでしょう。
「この企業なら、このブランドならデータを預けても安心だ」という信頼を戦略的に積み重ねていくブランディングがやはり必要であると言えます。
MarkeZine:倫理というと、どうしても企業活動を制限する「ブレーキ」のイメージがありますが、むしろデータビジネスを有利に進めるためのカギとなってくるのですね。
朱:そうですね、データビジネスを強く推進するために必要なのは、「ユーザーからの信頼・信託」です。それを獲得するために、データ倫理は不可欠なピース。ブレーキというよりビジネスを強く推進するための「エンジン」だと私は考えます。

MarkeZine:なるほど。業界全体でデータ倫理に対するイメージを変えていかなくてはいけないのかもしれません。海外企業はプライバシー意識が高いイメージがありますが、データ倫理の観点でも日本と欧米の考え方の違いはありますか?
朱:日本では倫理を「努力目標」として考えがちですが、欧米では「義務」として捉える傾向にあります。倫理を自分たちの義務として課すのは、一見「ブレーキ」のように見えるかもしれませんが、むしろ「どこに技術投資をし、どこを尖らせるか」の羅針盤のような位置づけとして捉えるべきです。「技術的にできるから何でもやる」ではなく、「やるべきこと」を明確にし、攻めの戦略を立てるために、データ倫理は企業に必要な武器になります。
各フェーズで倫理的な視点を取り入れる「Ethics by Design」の考え方
MarkeZine:もう少し「データ活用とパーソナライゼーション」のテーマを深掘りしていきます。データ活用によるパーソナライゼーションが進み、ユーザーごとに最適化された広告やサービスが提供されるのも当たり前になってきました。便利さがある一方、差別的なターゲティングなど、倫理的懸念やデメリットは問題視されています。不明瞭かつ“天秤にかける”ような側面もあるわけですが、こうした問題をどう考えればよいでしょうか。
朱:前提として、時代の流れにともない、私たちのプライバシー意識自体も変わっていくものです。リターゲティング広告や位置情報データに感じている違和感も、今後薄まっていく可能性はあります。とはいえ、「ユーザーが慣れたから」と、このモヤモヤに向き合うことを放棄してはいけません。
人間がなんとなく感じている善悪の直感を紐解いていくのが哲学・倫理学です。企業倫理を考える上で必要なのは、「普段意識していなかったけれど、本当は大切にしていたこと」を見つめ直すこと。日本の企業には「三方よし」に挙げられるような独自のカルチャーがあります。少し前にパーパスに注目が集まりましたが、今こそそういったアナログなレガシーに立ち返る意義があるのではないでしょうか。
「やる/やらない」の方針さえ見つかれば、どんなサービスも倫理的なスタンスをはっきり説明できるようになります。企業倫理は作って終わりではありません。具体的なプロダクトやキャンペーンで体現していくことが重要です。デザイン、サービス設計、プロジェクト設計、マーケティング戦略設計などの段階から倫理的な視点を取り入れる「Ethics by Design」の考え方が、今後のマーケティングには必要不可欠になってくると思います。