「満員プロジェクト」の狙い
飯髙:はじめに、ファンの規模感や年齢層、川崎フロンターレの特徴をお聞かせください。
加藤:川崎フロンターレのファン・サポーターは約49万人(JリーグIDベース)で、J1リーグでは3番目の規模です。ホームタウンの川崎市だけではなく、川崎の南北に位置する横浜市や東京都大田区などにお住まいのファン・サポーターも多いです。

森澤:昔から、当クラブは試合だけでなく、ホームゲームの前には毎試合、何かしらのイベントをして、来場者に楽しんでいただく取り組みをしていることも、一つの特徴だと思います。

飯髙:2024シーズンから、川崎フロンターレは「満員プロジェクト」を開始し、平日のナイターにアーティストを呼んでハーフタイムショーを実施するなど、様々な企画をされていますね。「満員プロジェクト」を始めた理由や目的を教えていただけますか。
加藤:2024年2月に開催されたACLラウンド16第2戦の山東泰山戦で、想定外の逆転負けを喫し、すぐにスタッフとファン・サポーター間の会議で、「スタッフは本気を出しているのか?選手をしっかり後押しできているのか?」といったご意見をいただきました。社内でも、改めてクラブスタッフの自分たちがチーム貢献できることは何かと考えたときに、「満員のスタジアムを作る」ことでした。そうして、ACLでの敗戦の直後に、経営陣やスタッフ全員が決起し、「毎試合を満員にして選手を後押しする」ために、全部署横断で「満員プロジェクト」を発足したのです。
ホームスタジアム「Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu」の収容人数は約26,000人ですが、実際は約23,500人で満員となります。そこを満員にする狙いは、単純に売上を上げて選手を補強するのではなく、試合会場をファン・サポーターの皆さんで満たして、選手へ直接声援を送ってもらい、選手の力に変えることが狙いです。
試行錯誤の中で「成功」と「再現性」を見い出す
飯髙:「満員プロジェクト」をしていく中で、どのようなことを大切にされているのでしょうか。

加藤:ファン・サポーターが他の誰か(家族や友人など)を誘うときに、「面白そう、楽しそう」と興味を持っていただけるように、試合だけではなくイベントなどすべてにおいて、全部署横断で価値を上げることを重視しています。全体の価値を上げることで、ファンの来場頻度が上がり、さらにそれを繰り返すことで常に満員になる、というスキームにしています。
飯髙:「満員プロジェクト」を開始された2024年には、既に様々な取り組みをして、2023シーズンに比べて2024シーズンは1試合あたりの平均来場者が1,236人増加するなど、さっそく結果を出されています。2024シーズンには、実際にどのような取り組みをされたのでしょうか。

加藤:実は「満員プロジェクト」は、「全試合を満員にする」という目標は決まっていたものの、最初は何をすればいいのかわからない状態でした。皆で試行錯誤しながら正解を探してきたというのが正しい表現です。
その中で、成功体験が大きかった興行として、2024年6月に開催した『ワルナイトカーニバル』があります。「満員プロジェクト」のコアチームで興行のテーマを決めた後に、ファン・サポーター向けに集客が大変であることを、赤裸々に動画を用いながら伝えました。
結果的に各部署が10個以上のアイデアを出してくれました。それらのアイデアを実行する過程で、成功体験を積み重ねられたことがスタッフにとって、大きなメリットだったと思っています。
飯髙:企画を多く出して、やれることを全部やって、結果的に来場者数や売上が増えた。その中から、再現性のあることが見えてきて自信がつき、その後の興行にも生かされたのですね。
森澤:そのとおりです。「ワルナイトカーニバル」では、細かく分けると当日は10個以上の企画が設けられました。当日までに、たとえばイベントを考えるイベントチーム、告知プロモーションを行う広報チーム、当日にグッズを売る仕組みを考えるグッズチームが連動しながら活動していました。考えられることは全部やったんです。
「全部署横断」にしたことで歯車が噛み合った
飯髙:「満員プロジェクト」を全部署横断にした狙いは何でしょうか?
森澤:これまでも、各部署が全力で活動していました。たとえば、イベントチームは多くの企画を考え、実行しています。グッズチームもいろいろな面白いグッズを作っています。でもそれぞれが全力で、別々に動いてしまっている部分もありました。結果、見ているKPIが異なる中で、どこか噛み合っていない、企画の効果を最大化できていないのでは?と感じる側面が出てきていました。

しかし、フロンターレを強くするという目的や思いの部分は、みんなが強いものを持っています。それらを束ねれば、もっと相乗効果が出る。そこを意図して全部署横断のプロジェクトになったと考えています。
結果的に「満員プロジェクト」を通して、他部署の数字も意識するようになり、全員がスタジアム来場数という数字を追うようになりました。
飯髙:一般的な企業でもよくあることですね。それぞれはハイパフォーマーなのに、歯車が回っていない。しかし、組織で一つの目標を決めると、急に歯車が回りはじめる。川崎フロンターレさんの場合は、それが「満員プロジェクト」だったわけですね。
コアは動かさず、「フロンターレらしさ」を追求
飯髙:部署横断型のプロジェクトを実行しても、各部署を束ねられず、うまくいかない企業もあります。プロジェクトがうまく回るように意識していることや、会議体の運営などでうまくいったことがあれば教えてください。
加藤:テーマやターゲット、数字などのコア部分は、少人数のプロジェクトチームであらかじめ決めています。その後、各部署にアイデアを募るようにしています。また、経営陣は、プロジェクトの内容や、成功・失敗問わず、見守っていてくれています。
飯髙:骨組みは揺らがないように固定してから広げていくからこそ、ブレずにプロジェクトが進んだのですね。経営陣が見守るところも、川崎フロンターレのいいところですね。コンテンツづくりや情報発信においては、工夫していることはありますか。
加藤:前提として、テーマやターゲットに応じて、クラブが持つアセットの活用方法を考えています。その上で「フロンターレらしさがあるか」「ただの文化祭のようになっていないか」「本当にファン・サポーターが来るのか」を見極めながら、コンテンツづくりをしています。

プロモーションについては、これまでは試合開催日の約1週間前に、その試合で実施する興行の内容を告知していました。一方でチケット販売は約3週間前に開始されるため、タイムラグがありました。そこで、興行の告知を試合開催日の約1カ月前に早めました。
また、企画の詳細が決まっていない状態でも「等々力を満員にしたい」という大きなテーマのもと「何かをやる」ということはストーリーとしてXなどで発信しています。いつも多くのファン・サポーターが反応してくれますね。