分析してきたファンの行動から心理・ニーズを考察
ここまでの分析結果をもとに、以下の3つのファン心理や求めるものが見えてきた。
(1)ファンは「推し」と共に成功を創り上げたい
全体の約2/3を占める「顕在アクション」。投稿を深掘りすると、ファンが単なる消費者ではない姿が見えてくる。

実際の投稿を見ると上記のような、推しの成功や活躍を我が事のように喜ぶ声がある。これは、単に商品やグッズを手に入れた満足ではなく、「推しを成功させる」という共同目標を達成した喜びである。
ファンは成功の受け手ではなく、推しと共に成功の物語を創り上げる“当事者”なのだ。 この意識こそが、ファンが推しに熱視線を送り続ける強力な原動力となっている。
(2)ファンはコミュニティで「好き」を増幅させ、承認を得たい
次に、全体の約3割を占める「コミュニティ」。ここはSNS時代らしい領域でもあるが、ファンはなぜコミュニティに集うのだろうか。

これら実際の投稿に象徴されるように、ここでは「好き」という感情、推し活への情熱を思う存分発散できる。そして、投稿への“いいね”の形でその思いが肯定される。推しを肯定する行為が自分自身を肯定する体験に直結しており、この「相互承認のループ」が、コミュニティを日々のストレスから解放する安全地帯に変えていると言える。
(3)ファンは「推し活」で自分と向き合う
最後に、約2%と少数ながら見過ごせない「感情の変遷」。 ここには「推し疲れ」や「悩み」といった、推し活の「影」の側面も含まれる。このカテゴリーの感情要因で特徴的だったのは、他の2つのカテゴリーでは3%未満であった「リソース不足」が14%も要因として存在していた点だ。

時間・お金・体力といった有限なリソースと、供給され続けるコンテンツとの間で葛藤するファンの姿がある。一見、これらは単なる悩みや愚痴にまとめられがちである。しかし、投稿にはポジティブな言葉が続き、ファンが推しとの関係性を通じて、自分自身の生き方や価値観を問い直している姿が浮かび上がる。推し活は、自分の価値観を知るための自己探求の機会にもなっているのだ。
推し活でわかる熱狂のメカニズムは、企業活動にも転用できる
では、これらのインサイトは企業のマーケティング活動にどのように活用できるだろうか。次の3つのポイントが、今回の分析から浮かび上がってきた。
(1)「モノ」だけでなく「当事者になれる体験」を売る
ファンになる顧客はただ商品が欲しいわけではない。成長していく過程に参加したいのだ。顧客参加型の企画会議の他、たとえば化粧品メーカーなら新商品のカラーバリエーションをファン投票で決定するキャンペーンなど、顧客が当事者としてストーリーに関与できる仕組みを作ることで、彼らの成功創出意欲をかき立て、熱狂のきっかけにできる。
(2)「完成品」だけでなく「素材」と「場」を提供する
ファン自身が創作活動を行える「二次創作活動」を企業やブランド側が後押しすることも有効だ。デコレーション用の公式ステッカーやロゴデータの配布など、ファンの「作りたい」や「アレンジしたい」という欲求を刺激する。
合わせて、企業がファンとつながるだけではなく、ファン同士がつながり合える場を提供することも有効だ。ファンアートを発表する場を作ったり、食品メーカーであればオリジナルレシピを紹介しあう機会を用意したりすることは、コミュニティの熱量を大きくし、ロイヤルティを高める効果が見込める。
(3)変化に寄り添い「持続可能な関係」を築く
ファンの熱狂は変化していく。「ファンならすべて消費して当たり前」という姿勢ではなく、多様な関わり方を許容することが、結果として深い信頼と長期的な関係構築につながっていく。
たとえば、エンタメで言えば現地での高価格なライブ参戦だけでなく、比較的安価なオンライン配信を選択肢として用意し、ライトな楽しみ方の受け皿とすることが挙げられる。他にもアパレル業界などでは新商品の訴求が多くなりがちだが、定番商品を買い続けてくれているファンにも感謝のメッセージを伝えることで安心感を与えられる。
顧客の声に耳を傾けることでインサイトが見えてくる
今回は、巨大な経済圏を形成する「推し活」をテーマに約10万件のSNS投稿を分析し、その裏側に隠されたファンの深層心理と、そこから導き出されるマーケティングの新たな可能性について探った。
分析から見えてきたのは、ファンが単なる「消費者」ではないという事実だ。彼らは推しと共に成功を創る「当事者」であり、コミュニティで承認を求め、時には自身の限界と向き合い自己を探求している。
こうした多面的で深いインサイトは、SNS上に存在する膨大な「生の声」に真摯に耳を傾けて初めて得られるもの。人々の感情の機微や行動の背景にある複雑な文脈を、客観的なデータとして捉え、構造化する。これからの時代の顧客理解には、こうしたアプローチが不可欠となるだろう。
本連載では、今後も様々な社会のトレンドを切り口に、データの力で生活者のインサイトを可視化し、ビジネスやマーケティングのヒントを提言していく。次回もご期待いただけると幸いである。