ブランドが顧客のエージェントになる時代
最初に細田氏は、「ブランドとは何か」について前提を共有する。
マーケティングの文脈で「ブランド」という言葉が使われ始めたころ、それはロゴなどの記号を指すものだった。そこから徐々に顧客との長期的なつながりが重要になり、「ブランドはストーリーである」と言われる時代が訪れる。「これはメディアと相性がよかった」と細田氏。映像や印刷媒体を通して、ブランドがストーリーを語ることによって、顧客との特別なつながりを強固にしていった。
その後、2010年以降のメディア環境の劇的な変化によって、ブランドの在り方も変化した。かつては読んで、見て、聞くだけだったメディア体験は、スマートフォン一つであらゆるアクションが可能になった。顧客は席に座って一方的に物語を見るのではなく、ひとりの主役として様々な体験をする。現代は「体験こそブランド」と考えられる時代になった。
この時代には、「トータルブランドエクスペリエンス」の考え方が必要になる。顧客の体験がすべてブランドにつながっていくため、広告だけでなく、商品開発やリレーションシップといった様々な企業活動が、一つのつながりを持った体験であることが求められるのだ。
「(生活者は)TikTokで見た化粧品が気になっていたことをYouTubeのCMで思い出し、お店で化粧品を買ってすぐにInstagramにアップする。すると今度は会員登録したメルマガからお知らせが届く――。こうした現代のカスタマージャーニーでは、どこからが認知でどこからか購買なのか、境界があいまいになっています」(細田氏)
では、ブランドが“体験”で作られる時代に、AIはどんな役割を果たすのか。細田氏は「当然この体験を変える方向に向かっていく」と指摘する。
細田氏はAIが自然に顧客体験に実装されている例として、メルカリの「AI出品サポート」を紹介した。メルカリで出品するときのハードルを下げるため、商品の写真を撮ってアップロードするだけで、AIが商品情報を記述してくれるという機能だ。この状況を「AIがエージェントとして、顧客の体験に自然になじんできている」と細田氏は説明し、これからのブランドを“Brand As an Agent”と表現する。
「ブランドがエージェントとしてお客様に寄り添う時代になっていきます。AIを活用し、個別化された関係構築を目指すことが重要ではないでしょうか」(細田氏)
ブランドがエージェントになる時代に、ブランドづくりに求められる観点はどう変化していくのだろうか。細田氏は、重要なポイントは5つだと解説する。
①ブランドづくりは「伝達」から「対話」へ
1つ目のポイントは「伝達」から「対話」への変化だ。顧客とブランドとの最初の接点は、ブランド側から「何かを伝えよう」とする行為から、「対話」へと変化していくという。
たとえば、これまで調べものをするときの行動は、ブラウザを開いて検索することだったが、現在は生成AIとの対話によって情報を得る人が増えている。購買体験においても同様だ。
「結局、人間を超えるユーザーエクスペリエンスはありません。どんなに豊富な情報があったとしても、その道に詳しい人に聞くのが手っ取り早い。それがオンラインの世界でも浸透し、ブランドとの第一接点が対話になっていくのです」(細田氏)
そのとき、ブランド担当者が考えなければならないことは、「ブランドはどういう構えで対話をするべきか」だ。どのような会話を通してブランドの特徴を形作れるのかが問われてくる。
細田氏は、対話的な体験にAIが実装されている事例として、オーストラリアのスーパーマーケットが実装しているレシピAIツール「マーケット・パビリオン」を紹介する。これは、毎日の献立に悩む顧客向けに、その人の好みや健康を考えた1週間分の献立を提案してくれるサービスだ。さらに、そのレシピに必要な新鮮な食材がスーパーの中のどこにあるのかまで案内してくれるという。「専属シェフ」が買い物アシスタントとなり、一緒にスーパーを歩いてくれる感覚をもたらすテクノロジーが登場しているのだ。
日本でも、「バーチャル販売員」と対話しながら商品を探す購買体験が開発されている。たとえば、博報堂が制作したチャット機能では、自分に似合うサイズやどの店に在庫があるかを尋ねると、生成AIを搭載したバーチャル販売員が答えてくれる。顧客はその情報を持って店舗に行って買い物をする、という体験を想定している。
これはリアル店舗の販売員とシームレスにつながっていて、「ひとりの人格」として接客してくれるのが特徴だ。
「情報収集という対話や、買い物という対話がブランドを形作ります。会話のログは蓄積されていくので、それ自体も一つのブランド資産になって、次のブランドづくりに生かされていくのです」(細田氏)
