単なる事業継承ではない、ファーストリテイリング流のグローバルカバナンス体制
トヨタの経営が世界で模倣困難であるのと同様に、ファーストリテイリングも独自の経営モデルを確立しつつある。アパレルのグローバル展開において、既にH&MやGAPを大きく引き離し、現在はZARAに次ぐ世界第2位の企業価値を誇るまでに成長した。
この成功については、「テクノロジー」「デジタル戦略」「人材」「リーダーシップ」「ガバナンス」など数多くの解説が存在する。その他にも、「LifeWearコンセプト」「SPA(製造小売業)モデル」「著名デザイナーとのコラボレーション」「GLOBAL ONE・全員経営」「オペレーショナル・エクセレンス」「ヒートテックやエアリズムに代表される素材・機能性のイノベーション」「企業内大学」「RFID(無線自動識別)タグ」「情報製造小売業という独自モデル」「柳井正氏のリーダーシップと企業文化」など、同社の成長を支える要素を挙げればきりがない。
これらの目に見える数々の現場オペレーション(テクノロジー開発や店舗運営手法)ではなく、「経営の視点」から構造の変化を見ていく。
世界へ広げる経営の視点から見た「見えざる変化」として注目すべきは、創業家による強力なガバナンス網(統制)と、徹底した実力主義のハイブリッド構造である。
2018年11月、柳井正会長兼社長の長男・一海氏と次男・康治氏が取締役に就任した。このタイミングは、海外事業の収益性が急伸し、国内事業を凌駕し始めた時期と完全に一致する(図1)。
取締役10名(当時)のうち3名を柳井家が占める構成は、トヨタ自動車のように海外法人のトップに現地人材を積極登用し、権限移譲を進めるグローバル企業とは一線を画す。いわば「ま逆の戦略」であり、一見すると時代に逆行する同族経営の強化と映るかもしれない。
しかし、柳井氏は「柳井ファミリーの継承者でなく(社長にはしない)、ガバナンス(企業統治)をやってほしい」と公言している(参考記事)。
さらに内部を見ていくと、柳井氏は、事業執行やオペレーションは北米事業を黒字化させた塚越大介社長のようなプロ経営者に委ねている。会社の所有と長期的方向性の決定権(ガバナンス)は創業家が中枢で掌握する形だ。この構造は、欧米の成功したファミリービジネス(例:LVMHにおけるアルノ一家)に見られる洗練されたモデルに近い 。
この「長期的ビジョン担保型ガバナンス」が、ファーストリテイリングのグローバルでの成長を支える構造となっている。
強固なファーストリテイリング流ガバナンス体制があるからこそ、ファーストリテイリングは短期的な市場圧力や株主の声に左右されることなく、「RFIDの海外展開への一斉投資」や「国内縮小・海外拡大」といった巨額かつ長期的な経営判断を迅速に下し、実行へ押し通すことができた。
グローバルな成長過程で生まれたこの構造は、単なる新商品アイテムや店舗数といった「目に見える要素」だけ見ていても、気づきにくい。注目すべきは、その背後にある思考法とシステムである。
自社のビジネスに自ら文脈を合わせ、何らか応用できるか、考えるヒントとしよう。