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MarkeZine Day 2026 Spring

事業と人を成長させる「強み」起点のマーケティング思考

戦略の質は「初期仮説」で決まる。元リクルートVP直伝・最速で“勝ち筋”を見つける「サーチライト思考」

最速で「手がかり」を見つける、初期仮説立案の3ステップ

 「大事なのはわかった。でも、どうやって立てればよいのか?」。ここまで読んで、そう感じている方も多いと思います。正直に言うと、最初からうまく立てられる人はいません。慣れないうちは、初期仮説が思いっきり外れることもありますし、振り返ってみるとまったく違う方向を見ていた、ということも普通に起こります。ただ、それで良いのだと思います。

 初期仮説に関して最も大事なのは「質」よりもまず「量」です。たくさん立ててみて、たくさん外して、検証と修正を繰り返す。そのプロセスを経て、ようやく「筋のいい初期仮説」が立てられるようになっていきます。

 ビジネスやマーケティングのように、複雑な変数が絡み合う領域では、最初から「量と質を同時に追う」のは、かなり難易度が高いゲームです。ですので、まずは量をこなして慣れる → 後から質を磨く、この順番をお勧めします。

 では、具体的にどう立てるのか。ここで、前回の連載で扱った「現状分析」とつなげて整理してみます。前回、現状分析を次のように定義しました。

 現状分析とは、「前提となる構造=設計図と、ルール=前提の中で起きている現象を、分析=比較して明らかにすること」。

 この定義に基づき、初期仮説を立てていくときのステップを示すと、次の3つとなります。

<初期仮説を立てる3ステップ>

STEP1:構造の把握(設計図を捉える)
└ 対象となるマーケットや事業の全体像・構造を押さえる

STEP2:ルールの理解(制約条件を捉える)
└ その構造の中で働いている前提・慣行・暗黙のルールを整理する

STEP3:現象の比較(分析をする)
└ 定量・定性のデータを比較し、差分や違和感のある数値にサーチライトを当てて仮説を立てる

 ここまで、初期仮説を立てていく上での「型」についてお話ししました。ここからは具体例を用いながら、一緒に初期仮説を立てていきたいと思います。

【実践】ケーススタディ:SaaS型採用管理サービスの導入が進まない

問題設定:

  中小企業向けのSaaS型採用管理サービスを提供しているA社では、ターゲットである中小企業群への導入率がなかなか伸びず、営業現場からも「そもそもニーズがないのでは?」という声が出ていました。

 一方で、採用管理自体には明確な課題があります。応募者対応、面接工程の管理、企業とのやり取りなどに、かなりの工数がかかっており、調査しても「採用業務の負担」は大きな課題として顕在化しています。

 A社は、その課題解決策として「採用管理の工数を、システムによる自動化で大幅に削減できます」という提供価値を前面に打ち出し、戦略を組んでいましたが、うまく導入が進んでいないのです。

 この戦略が間違っているのか。一体、どこから見直すべきなのか。ここで、先ほどの3ステップに沿って初期仮説を立ててみます。

STEP1:構造の把握(設計図を捉える)

・市場構造

 従業員20名以下の小規模企業が全体の約84%、900名以下の中規模企業が約15%。大企業は1%未満。圧倒的に市場は小規模企業が多く、採用管理ツールは未導入。小規模企業は特に採用予算が限られており、採用専任担当がいないケースも多い。主な集客手段はハローワーク、紙媒体、無料求人媒体などで、有料媒体にはほとんど出稿しない。

・採用管理SaaS導入のボトルネック

  採用管理ツールがあると業務が楽になる、という価値自体が理解されていない。採用管理システムによる業務効率化のイメージが持たれていない。

・平均応募数

  求人媒体に出したとしても、月に2〜3件程度の応募数が平均。そもそも「管理するほど応募が来ていない」会社も多い。

▶構造仮説:この市場の「一番のボトルネック」は、採用管理の効率化ではなく、そもそも応募数が足りていないことではないか。

STEP2:ルールの理解(制約条件を捉える)

・中小企業では採用専任担当が不在

  社長や現場マネージャーが、片手間で採用実務を行っている。

・採用に割ける時間

  通常業務で忙しく、1日30分未満というケースも珍しくない。

・営業アプローチの難しさ

  営業電話・メールにはほとんど反応してもらえない。小規模企業は点在しており、フィールドセールスだけでのアプローチには限界がある。

▶ルール仮説:営業接点をゼロから作るのは極めて難しく、「既に多少知っていて、気になっている企業」に、必要なタイミングでしか相談してこない可能性がある。

STEP3:現象の比較(分析)→ 初期仮説

・同市場で成功している他社B社との比較

  「応募者増加」の支援施策(媒体連携・効果の高い求人事例提供など)が充実。管理機能よりも「集客機能」に力点が置かれている。

・A社とB社との訴求比較

  A社:管理系機能の利便性を主な訴求軸にしている。

  B社:応募数アップという採用手段としての成果を前面に出している。

▶比較からの仮説:A社は「採用担当者の工数削減(管理の効率化)」を主語にしているが、ターゲットが本当に困っていること=“そもそも応募が来ない”という課題と訴求がズレているのではないか。

【初期仮説(まとめ)】

 現状のA社のターゲット層に対しては、「応募者を増やす具体的な施策」のほうが刺さる可能性が高く、今の“管理効率化”の訴求は、マーケットのニーズとずれているのではないか。
 

【初期仮説から導かれる打ち手の方向性】

(1)サービスの提供価値を変える:現状の構造では、最大のボトルネックは“母集団形成”。採用専任不在というルールも踏まえ、求職者からの応募が期待できる求人媒体とセットで、「応募数を増やし、かつ手間も削減できるツール」として導入する。

(2)訴求するメッセージを変える:「採用管理ツールで効率的に応募者管理しませんか?」ではなく、「たった10分で、月の応募数を3倍に増やす“仕組み”を試しませんか?」といった“応募数アップ”を前面に出した訴求に切り替える。

 このように「構造 → ルール → 比較」の手順で考えていくと、無数にありそうな論点から「どこに着目すべきか」がかなり絞られてきます。私が“手がかり”と呼んでいるのはこのことで、この“着目点の絞り込み”こそが初期仮説の役割です。

 ただし、これはあくまでも「初期」です。本当にそうなのかを確かめるためには、この初期仮説の「検証」を行う必要があります。検証なしに上記の打ち手方向性が正しいかどうかを判断するのは、さすがに荒すぎます。次は、この初期仮説の検証を行っていきます。

次のページ
「HOW(具体策)」にすぐ飛びつくのは危険。致命的な“方向ズレ”を防ぐ検証プロセス

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この記事の著者

金井 統(カナイ オサム)

NexGen Inc. CEO
新卒でNTTドコモに入社。端末のマーケティングを経験した後、iモードでビジネス展開をする会社へのコンサルティングに従事。その後、リクルートへ転職。マーケティング室のVP(ヴァイスプレジデント)として、横断の人材育成・知見流通とHR領域のマーケティング責任者を担当。HR領域におけるToC及びToB双方のプロダクト横断での事業・マーケティング戦略、ブランディングからdirectADやSEO等のネットマーケティング、...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2025/12/12 09:00 https://markezine.jp/article/detail/50203

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