最速で「手がかり」を見つける、初期仮説立案の3ステップ
「大事なのはわかった。でも、どうやって立てればよいのか?」。ここまで読んで、そう感じている方も多いと思います。正直に言うと、最初からうまく立てられる人はいません。慣れないうちは、初期仮説が思いっきり外れることもありますし、振り返ってみるとまったく違う方向を見ていた、ということも普通に起こります。ただ、それで良いのだと思います。
初期仮説に関して最も大事なのは「質」よりもまず「量」です。たくさん立ててみて、たくさん外して、検証と修正を繰り返す。そのプロセスを経て、ようやく「筋のいい初期仮説」が立てられるようになっていきます。
ビジネスやマーケティングのように、複雑な変数が絡み合う領域では、最初から「量と質を同時に追う」のは、かなり難易度が高いゲームです。ですので、まずは量をこなして慣れる → 後から質を磨く、この順番をお勧めします。
では、具体的にどう立てるのか。ここで、前回の連載で扱った「現状分析」とつなげて整理してみます。前回、現状分析を次のように定義しました。
現状分析とは、「前提となる構造=設計図と、ルール=前提の中で起きている現象を、分析=比較して明らかにすること」。
この定義に基づき、初期仮説を立てていくときのステップを示すと、次の3つとなります。
<初期仮説を立てる3ステップ>
STEP1:構造の把握(設計図を捉える)
└ 対象となるマーケットや事業の全体像・構造を押さえるSTEP2:ルールの理解(制約条件を捉える)
└ その構造の中で働いている前提・慣行・暗黙のルールを整理するSTEP3:現象の比較(分析をする)
└ 定量・定性のデータを比較し、差分や違和感のある数値にサーチライトを当てて仮説を立てる
ここまで、初期仮説を立てていく上での「型」についてお話ししました。ここからは具体例を用いながら、一緒に初期仮説を立てていきたいと思います。
【実践】ケーススタディ:SaaS型採用管理サービスの導入が進まない
問題設定:
中小企業向けのSaaS型採用管理サービスを提供しているA社では、ターゲットである中小企業群への導入率がなかなか伸びず、営業現場からも「そもそもニーズがないのでは?」という声が出ていました。
一方で、採用管理自体には明確な課題があります。応募者対応、面接工程の管理、企業とのやり取りなどに、かなりの工数がかかっており、調査しても「採用業務の負担」は大きな課題として顕在化しています。
A社は、その課題解決策として「採用管理の工数を、システムによる自動化で大幅に削減できます」という提供価値を前面に打ち出し、戦略を組んでいましたが、うまく導入が進んでいないのです。
この戦略が間違っているのか。一体、どこから見直すべきなのか。ここで、先ほどの3ステップに沿って初期仮説を立ててみます。
STEP1:構造の把握(設計図を捉える)
・市場構造
従業員20名以下の小規模企業が全体の約84%、900名以下の中規模企業が約15%。大企業は1%未満。圧倒的に市場は小規模企業が多く、採用管理ツールは未導入。小規模企業は特に採用予算が限られており、採用専任担当がいないケースも多い。主な集客手段はハローワーク、紙媒体、無料求人媒体などで、有料媒体にはほとんど出稿しない。
・採用管理SaaS導入のボトルネック
採用管理ツールがあると業務が楽になる、という価値自体が理解されていない。採用管理システムによる業務効率化のイメージが持たれていない。
・平均応募数
求人媒体に出したとしても、月に2〜3件程度の応募数が平均。そもそも「管理するほど応募が来ていない」会社も多い。
▶構造仮説:この市場の「一番のボトルネック」は、採用管理の効率化ではなく、そもそも応募数が足りていないことではないか。
STEP2:ルールの理解(制約条件を捉える)
・中小企業では採用専任担当が不在
社長や現場マネージャーが、片手間で採用実務を行っている。
・採用に割ける時間
通常業務で忙しく、1日30分未満というケースも珍しくない。
・営業アプローチの難しさ
営業電話・メールにはほとんど反応してもらえない。小規模企業は点在しており、フィールドセールスだけでのアプローチには限界がある。
▶ルール仮説:営業接点をゼロから作るのは極めて難しく、「既に多少知っていて、気になっている企業」に、必要なタイミングでしか相談してこない可能性がある。
STEP3:現象の比較(分析)→ 初期仮説
・同市場で成功している他社B社との比較
「応募者増加」の支援施策(媒体連携・効果の高い求人事例提供など)が充実。管理機能よりも「集客機能」に力点が置かれている。
・A社とB社との訴求比較
A社:管理系機能の利便性を主な訴求軸にしている。
B社:応募数アップという採用手段としての成果を前面に出している。
▶比較からの仮説:A社は「採用担当者の工数削減(管理の効率化)」を主語にしているが、ターゲットが本当に困っていること=“そもそも応募が来ない”という課題と訴求がズレているのではないか。
【初期仮説(まとめ)】
現状のA社のターゲット層に対しては、「応募者を増やす具体的な施策」のほうが刺さる可能性が高く、今の“管理効率化”の訴求は、マーケットのニーズとずれているのではないか。
【初期仮説から導かれる打ち手の方向性】
(1)サービスの提供価値を変える:現状の構造では、最大のボトルネックは“母集団形成”。採用専任不在というルールも踏まえ、求職者からの応募が期待できる求人媒体とセットで、「応募数を増やし、かつ手間も削減できるツール」として導入する。
(2)訴求するメッセージを変える:「採用管理ツールで効率的に応募者管理しませんか?」ではなく、「たった10分で、月の応募数を3倍に増やす“仕組み”を試しませんか?」といった“応募数アップ”を前面に出した訴求に切り替える。
このように「構造 → ルール → 比較」の手順で考えていくと、無数にありそうな論点から「どこに着目すべきか」がかなり絞られてきます。私が“手がかり”と呼んでいるのはこのことで、この“着目点の絞り込み”こそが初期仮説の役割です。
ただし、これはあくまでも「初期」です。本当にそうなのかを確かめるためには、この初期仮説の「検証」を行う必要があります。検証なしに上記の打ち手方向性が正しいかどうかを判断するのは、さすがに荒すぎます。次は、この初期仮説の検証を行っていきます。
