効率化の先にある「人間中心」のAI哲学
MarkeZine編集部(以下、MZ):博報堂DYグループでは、AI活用において「Human-Centered AI(人間中心のAI)」という哲学を掲げていらっしゃいます。まずはこの言葉に込められた思いと、グループ全体の方針についてお聞かせいただけますでしょうか。
中村:「Human-Centered AI」という言葉自体は、スタンフォード大学やオックスフォード大学などグローバルのアカデミアでも注目されている用語です。この言葉にあるのは、「人間を支援する」「人間の能力を拡張する」ことに対し、AIをどう使っていくかという大きな視点だと思います。
もちろん、AIによる効率化は前提として重要です。しかし仕事の中心はあくまで人間であり、私たちが真に重視しているのは、効率化の先にある「AIでいかに人間の能力を拡張するか」という点です。博報堂DYグループの核であるクリエイティビティを、AIでさらに増幅させる。そうして生活者がドキドキしたり、思わず商品が欲しくなったりするような「心が動く体験」をどう創り出すか。その視点を何より大切にしています。
中村 信氏
MZ:グローバルな潮流を汲みつつ、御社らしい「人の能力拡張」に軸足を置いているということですね。
中村:その通りです。私たちは「生活者」という言葉を生み出した会社として、その視点を拠り所にする「生活者発想」があります。同時に、個性の違いこそが価値を生むという「粒ぞろいより粒ちがい」の文化も根付いています。AIをどう機能させれば、この「個の力」や「生活者視点」を最大化できるか。そう問い直した時、「人間中心」という考え方は、私たちのDNAそのものだと言えるほどしっくりくるものでした。
「その機能はいらない」と言われて気付いた、「自動化」の限界
MZ:その思想を具現化するために、具体的にはどのような方針で実装を進めているのでしょうか?
中村:私たちは現在、「2つのA」というキーワードを掲げています。1つ目は「Automation(オートメーション:自動化)」です。業務が複雑化・高速化する現代において、人の力だけですべてをこなすのは限界があります。そこで、特定のタスクをこなすAIと、それらを束ねる「オーケストレーションAI」を組み合わせ、AI同士が連携して自律的に組織の生産性を高める仕組みを構築しています。
この効率化は、大きく3つの視点で捉えています。単純作業を代替する「自動化」、短期間で膨大な成果物を作る「量産化」、そして1人がより広い領域をカバーできるようにする「多技能化」です。たとえば、マーケターがメディアプラニングの下地まで作れるようになれば、組織の機動力は劇的に向上します。これが、私たちが推進する「人間の可能性を広げる効率化」です。
しかし、これらを推し進める中で、ある課題に直面しました。それは「人間が思考停止に陥る」という懸念です。以前、あるお客様にAIソリューションを提案した際、「便利ですが、その機能はいりません。社員が自分で考えなくなってしまうから」と言われたことがありました。その言葉に、思考を止めてしまうことの危うさを痛感したのです。
そこで不可欠になるのが、もう1つのAである「Augmentation(オーグメンテーション:能力拡張)」です。AIを単なる作業員ではなく「思考のパートナー」として迎え、社員の創造性や専門性を増幅させる。目指すのは「AIへの依存」ではなく「AIとの共存」であり、AIを使うことで人間自身も賢くなっていく未来です。

