社会文脈とインサイトの結びつけが成熟市場を動かす
味の素と三井住友カード。業界も商材も異なる両社だが、それぞれの施策は共感を呼び、話題化し、成果へとつながった。その成功要因を紐解くと、成熟市場で人の心を動かすためのいくつかの共通点が見えてくる。
1つは、社会の変化の中にある生活者のモヤモヤを捉え、それをブランドの提案へと結びつけた点だ。
味の素のケースでは、猛暑による夏の長期化という社会の変化に着目した。そこに、料理のモチベーションが下がるという生活者の悩み、ブランドのミッションを重ね合わせることで、「まだなつ」という新しい季節の概念が生まれた。山﨑氏は、企画の考え方について次のように説明する。
「私たちは企画を考える際に、『社会』『生活者』『ブランド』の3つの視点が重なるポイントを探しています。社会のトレンドや変化があり、そこに生活者のインサイトがあり、さらにブランドとしてできることがある。その3つが重なったところに、今回のようなコアアイデアが生まれると考えています」(山﨑氏)
三井住友カードの「通帳の人」も、同様に生活者の心理に着目した企画だった。デジタル化が進む中でも、多くの人が紙通帳に安心感や思い出といった情緒的価値を感じている。その心理を否定せず、ユーモアという形で可視化することで、デジタル移行というテーマを生活者にとって受け入れやすいものにした。
モデレーターを務めた江端氏は、両者の取り組みについて次のように分析する。
「どちらの事例も、社会の大きな流れの中にある“個人のモヤモヤ”をうまく捉えています。味の素さんは地球温暖化による季節の変化を、三井住友カードさんはデジタル化による生活の変化をテーマにしていますが、どちらも社会的な構造問題に挑戦し、ブランドの提案へとつなげている点が印象的です」(江端氏)
もう1つの共通点は、ネガティブな感情をポジティブな価値へと転換していることだ。
味の素の取り組みは、「暑くて料理をしたくない」というネガティブな状況を、「新しい食の楽しみ方を提案する季節」として再定義したもの。三井住友カードもまた、生活者のためらいや愛着を切り捨てるのではなく、新しい行動へつながるコミュニケーションへと変換していた。いずれも生活者の感情を出発点にしながら、新しい行動へと導いている点が特徴だ。
単発で終わらせない。「次の一手」で文化を定着させる長期戦略
さらに注目したいのは、両社とも2025年の成功体験を単発のキャンペーンで終わらせず、次のアクションへとつなげようとしている点である。社会の変化に対する提案を一過性の話題で終わらせず、継続的なコミュニケーションや仕組みづくりへと発展させようとしていることも、今回の事例に共通する特徴と言える。
たとえば三井住友カードでは、「通帳の人」を軸にしたコミュニケーションを今後もシリーズとして展開していく予定だ。周囲の人々が次第にOliveを使い始める様子を描くなど、キャラクターを活用したストーリーを広げていくという。伊藤氏は、コミュニケーションの継続と並行して、サービスそのものの磨き込みも進めていく考えを示した。
「コミュニケーションだけでなく、サービス自体にも磨きをかけていきたいと考えています。情緒的な価値をなるべくOliveが引き継いでいくことを目指し、紙通帳を使っている人にとっても使いやすいサービス開発を進めていきます」(伊藤氏)
一方、味の素では「五季」という考え方を社会に広げるため、企業や流通、生産者、自治体などとの連携を拡大していく方針だ。三科氏は「様々な企業や団体と連携しながら発信を広げていくことで、『五季』という考え方を社会全体の共通認識にしていきたい」と意気込みを語る。
江端氏は、このように単発の施策で終わらせず、社会の変化に向き合いながら新しい価値を提案していく姿勢を高く評価する。
「マーケティングというと、どうしても短期の売上やキャンペーンの成果に目が向きがちです。しかし今回の2つの事例は、社会の変化を捉えながら、新しい“当たり前”を作ろうとしている点が非常に興味深い。こうした長期的な視点の取り組みこそ、成熟市場を動かすマーケティングのヒントになるのではないでしょうか」(江端氏)
