1分1秒単位で戦略を変えていくことが戦略
リアル店舗とECサイトの一番の違いは何だろうか。それは、ECサイトにおいてはリアルタイムで売上(受注)状況のデータが蓄積され、その状況に応じてサイトの構成や商品の見せ方を変えることができる点である。
リアル店舗でも、POSシステム等で時々刻々と変わる売上状況の把握は可能である。しかし、それに応じて、店内の陳列を変更することはなかなか難しい。ECサイトのように、売れ筋商品を大きく表示したり、商品の並べ方を変えるということができない。
前節で述べた、シナジーを最大化するための戦略とは、どのような商品ラインナップにするか、あるいはどのようなスペック(機能、サイズ、価格、色、デザインなど)の商品を取り揃えればよいかを把握して、それらを変えることではない。「1分1秒単位で、戦略を見直すことができる体制を整えること」これがこれから求められる戦略なのである。
戦略に正解はない。消費者の心は時々刻々と移り変わる。今サイトを見ている消費者と5分後にサイトを閲覧していた消費者の嗜好はまったく異なる。同様に、今店舗内を歩いている消費者と、1時間後に店舗内を歩いている消費者の嗜好もまったく異なる。
さまざまな情報がデジタルデータ化されることによって、あらゆる情報の蓄積が可能となった。その情報を分析することで、今この時間に、何が最も売れる可能性があるのかを、計算できるようになってきたのである。
ワイン業界に起こった革命
例えば、ワインの味も計算可能である。経済学者のオーリー・アッシェンフェルターは、「ワインの味=12.145+0.00117×冬の降雨+0.0614×育成時期の平均気温-0.00386×収穫期降雨」という計算式を発表した(参考情報:Liquid Assets)。降雨量と気温は気象庁が毎日正確なデータを蓄積しているため、この計算式を用いれば、極めて正確な計算が可能である。
これを単純に、「ワインの味というものを、数字にしただけ」と考えてはいけない。ワインの価格は、ブドウが収穫され、ワインが醸造され、著名なソムリエが集ってワイン品評会が開かれ、そしてソムリエの評価が出揃った段階で初めて決まる。しかし、この計算式によって、ワインが醸造されるよりも遥か前、ブドウが収穫されるよりもさらに前に、「ワインの味=価格」が把握可能なのである。
これによって、ワイン業界では大きなビジネスモデルの転換が起きた。ワインのバイヤー(商品の調達者)たちは、本当の味は確かにソムリエの評価を待つ必要はあるものの、前もってこの計算式で高得点がついたブドウ畑のワインを大量発注するのである。
品評会で最高の評価はつかないかもしれない。しかし、事前の大量発注によって、調達コストを大幅に下げることが可能となる。ビジネスの流れが大きく変わった瞬間である。
Webサイト上の消費の流れは、図表5に示すようにAttention(気づき)からShare(共有)まで6段階存在する。その全てのプロセスにおいて、ウェブサイトでは消費者のあらゆるデータが蓄積されるのである。販売予測などの計算に活用できる、情報の宝庫といえる。
前述のワインのように、消費者の行動を的確に指し示す計算式を見出せれば、まさに鬼に金棒といえる。しかしながら、容易に推察できるようにこれは極めて難しい。そのような計算式を見出すためには、数学的には巨大な組み合わせ最適化問題を解くこととなる。
分析にはまりすぎると危険
例えば、この6つのプロセスでそれぞれ10個の消費行動の可能性があるとしよう。その場合、消費者の行動パターンは、10の6乗。つまりは100万通りの組み合わせとなる。100万通りすべての行動パターンに合わせて、ECサイトを作り変えたり、適切な広告に修正するなど、対応するべきことは山のようにある。
コストとの兼ね合いで考えた場合、その全てに対応することは難しい。仮に各プロセスで12通りの消費行動があるとすると、評価するべき組み合わせは、一気に300万通りとなる。指数関数的にその数は拡大するのである。当然ながら、消費者の行動パターンは、各プロセスで10通り程度では収まらない。評価するべき組み合わせは想像できないほど大きい天文学的数字となる。
消費者心理を分析・把握することが可能な情報の宝庫を、各EC事業者は保有することになる。しかし、その分析にはまりすぎると、コスト高となり、採算のとれないビジネスとなる。これからのEC事業者は、これら2つのバランスをどう舵取りしていくのかが問われると共に、その巧拙が競争力につながるであろう。

ハイブリッド化する消費者像を追う、前編は【コチラ】からどうぞ。
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