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「20代、30代は買ってでも仕事をした方がよい、40代からでは取り戻せない」─ 資生堂 薗田守世氏(後編)

2012/08/29 08:00

 変化を続ける消費者の価値観や消費行動に、企業はどのように対応していけばいいのでしょうか。マーケティングコンサルタントのサイコス青葉哲郎氏が、第一線で活躍するマーケティングのプロフェッショナルに聞く対談連載。資生堂のマーケティング戦略を伺う後編では、SHISEIDOブランドのWeb事業を担当する薗田氏のこれまでの経験や仕事に対する姿勢、それを踏まえた自社の今後に対する展望を聞きました。

今回お話を伺ったのは…
株式会社資生堂 国内化粧品事業部 Web事業推進部長
薗田 守世氏

1981年資生堂入社。資生堂京都販売(株)の管理部、本社 財務部、大蔵省財政金融研究所 主任研究官を経て、2006~07年に台湾資生堂(合弁会社)の日本側責任者、2008~09年に中国事業部の事業管理部長を歴任。現在は、Web事業推進部長を務めSHISEIDOブランドのWeb事業を担当している。

納得できる成果をあげるためには勉強するしかない

 青葉――20代の頃に経験された財務部門の領域と、現在取り組まれているWebマーケティングに、ポートフォリオの考え方が共通しているという指摘はとても新鮮です。

 80年代から90年代頃、資生堂は化粧品以外の様々な新事業に着手していて、金融の子会社も持っていました。そこでファンドの短期売買を通した資金運用を行っていたのですが、その相場をどう見るかというのは、まさしくネット広告の状況をどう見るかに通じますし、ファンドの銘柄選択は様々な広告の取捨選択とよく似ています。

 だから、今でも広告の成果がかんばしくない場合は、「これは損切りだ!」と口にしてしまいます(笑)。

 青葉――財務部門に在籍されていた頃は、どんな姿勢で仕事に取り組まれていたのですか?

 とにかく、勉強するしかありませんでした。そもそも、私は学生時代に「銀座で働きたい」と単純に思って資生堂に入社したのですが、最初の配属は京都の販売会社だったので、本社の財務部へ異動したときには、何がなんでもこの本社で認められがんばるぞ、という気持ちでした。

 商法や証券取引法、税法、資金繰りなど、勉強が必要な分野が山のようにあり、当時の課長や先輩たちの知識量にはいつも驚かされていました。財務部門で長く仕事を続けていくためには、課長や先輩たちのように詳しくならなければいけないと、夜間にセミナーに通ったり、10歳15歳上の上司や先輩たちに連れられて飲みに行ったその席で、仕事や専門分野のことをあれこれ聞いたりと、四六時中、経理・財務のことを考えている毎日でした。

 青葉――ご自身の努力があってこそですが、そうやって伸びようとする若手に、道を開いてくれる風土があったのですね。

 ええ、それはとてもありがたかったです。経験を積みたいので、1年ごとに仕事の内容を変えてほしいと頼んだら、異例のことだったと思うのですが本当に上司がそのように取り計らってくれました。その後に、大蔵省の財政金融研究所に主任研究官として出向し、銀行などから出向してきたまったく異業種の若手メンバーを部下に持って、雇用制度や社会保険、アセアン4の財政について研究してきましたが、この経験でも鍛えられました。いわば数字による“他流試合”のようなもので、あいまいな議論はまったく通じず、客観的な見方を叩き込まれましたね。

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