カード会社のiPhone5パニック騒動
今回のiPhone5のNFC騒動は、日本のクレジットカード、電子マネー事業者にも深刻な影響を与えた。とくにカード会社はパニックだった。JCBや三井住友カードといった大手カード会社は、NFCに対応したシンクライアント型電子マネー端末を設置することを直前に発表した。その時には当然、誰もがiPhone5にNFCが搭載されると確実視していたのだろう。
彼らが熱心になったのにも訳がある。というのも、iPhoneユーザーの数は半端ではないからだ。日本ではアンドロイドと並ぶ最大のグループだ。しかも、彼・彼女たちの多くは、もの言うユーザーなのだ。その人たちはNFC付きiPhoneを手にした途端、その日のうちから、買い物のできる店を求めてみながさまよいはじめる。
というのも、今日の日本ではNFCが使える店は限られているのだ。強いてあげれば、ディズニーランドそばの商業施設・イクスピアリくらいだろうか。そこでならPaypassを使って買い物ができる。しかし、このままの状態では過激なiPhoneユーザーの顰蹙を買うだけである。それを恐れた、カード会社は必死で対応しようと走ったのだ。
ところがどうだ。結局、NFCは搭載されなかった。そのためにがっかりした関係者は多かったのだ。また、ベンダー企業も大きな影響を受けた。あるIT企業は、発表前から精力的にスマートポスターを売り歩いていた。これはポスターにNFCチップを載せて、スマホをかざせば様々な情報を取り込めるというものだ。iPhoneはアプリとの相性がよいので、こうしたサービスにも向いている。ところが、今回の決定で梯子を外されたカタチとなり、先行投資分をまるまる損した。
この会社のように、この機会に現在のフェリカ王国を覆すべくNFCに勝負かけたところもあったのだ。他の電子マネー陣営やキャリアも、Suicaの牙城を崩そうと、いろいろと準備していたと聞いている。ところがそうした目論見はすべてが御破算になったわけで、これはiPhoneパニックといってよいものだった。
決済ビジネス、電子マネーインフラ構築をめぐる戦いはこれから
一方で、ほっと息をついているのは、すでにフェリカで確固とした電子マネーのインフラを築いてしまったSuicaやWAONの陣営だろう。NFCとのガチンコ勝負になれば、加盟店は二重の投資が必要になるし、事業者にとっても新たな投資が必要になる。とりあえずは、こうした動きが避けられたので、当分、少なくとも一年間は新たな戦略を練る時間を得た。

このように今回の発表の裏にはプレイヤーたちの様々な思惑が渦巻いていたということだ。それほど、iPhoneの影響力は強大だったのだ。そして、1~2年後に登場するであろうiPhone6には今度こそNFCが載るとみなが期待している。しかし、それはちょっと甘いのではないだろうか。ひょっとすると、そのときにはもっと新しく優れた別の何か(例えばウォレット)が登場していて、世界が大きく変わっている可能性がある。電子マネー決済プラットフォームを取り巻く未来はまったく予測はできないと思った方がよいだろう。
実際大手ウェブ業者は「利用者の決済に対するニーズが強すぎてとてもNFCが広まるまで待てない。NFCが浸透するスピードよりも、状況はどんどん進んでいる」と語っていた。例えば、グーグル、アップル、ヤフーのそれぞれのウォレットで囲い込みが進んでしまえば、フェリカとNFCのどちらかという規格争いから、事業者の関心はいかにしてそのウォレットに入るかに移っていくだろう。
いずれにしろ、iPhone5にNFCが搭載されなかったことはNFC陣営にとっては大きな誤算であった。一方のアップルはNFCを見送ったことで、リスクを回避し、新しい可能性を見いだすチャンスを得たといえるのかもしれない。