アップルがNFC搭載を見送った理由
それにしても、なぜアップルはNFC搭載を見送ったのだろうか。ひとつは、NFC自体が日本で考えられるほど欧米で普及していないという事実がある。私たちは、電子マネーというと、お昼時のコンビニでSuicaや楽天Edyを手にして長い列をつくるビジネスマンやOLの姿をすぐに想像できる。ラッシュ時の新宿駅のSuicaの利用シーンを思い浮かべる。何十万人という人たちが、何のトラブルも停滞もなく、改札を0.2秒の早さで足早に通過していく。その様子は私たちにとっては当たり前のことだが、実は日本の外の世界ではとてもありえない光景である。そうした日常が当たり前と思っている私たちと違って、世界はもっとのんびりしている。
また、米国のアンドロイドではNFC対応のグーグルウォレットが登場しており、マスターカードのPaypass(電子マネー)で決済することができる。マクドナルドが加盟店になったなど大々的な宣伝をしているが、実際の利用者は思ったほどは伸びていないようだ。

それならば、iPhone5から搭載されるPassbookで十分という結論にアップルが達したのも当然といえる。Passbookはアップル・ウォレットとも呼ばれるクーポンやポイントをためるアプリであるが、QRコードを使って疑似決済もできるので、NFCの代用品としては十分と判断されたと思われる。
現状のNFCでPaypassを載せると、それはつまり、グーグルウォレットと同じものとなってしまう。いくらグローバルスタンダードだからといっても、グーグルのためにNFCを載せることになり、企業利益に反する。アップルからすると、iPhoneらしくカスタマイズできるまではNFCを搭載しない考えなのではないか。つまり、グーグルに塩を贈ることだけは避けたいと考えているとみられる。
リスクを避けたアップル
もちろん、いま述べた事項は、二次的な理由かもしれない。実際、それ以上に深刻だったのはジョブスの不在だった。仮にジョブスが生きていたら、冒険好きだったから、こうした小手先の対応ではなく、NFCで新たなビジネスに挑戦したことだろう。
ただ、決済というのはやっかいなもので、自ら決済事業に参入するとなれば、膨大な設備投資が必要となる。さらに銀行やカード会社、ベンダー、メーカー、キャリア、Web事業者との戦い(調整)のまさにど真ん中に飛び込まねばならない。そのリスクをアップルは避けたかもしれない。つまり、熾烈な戦いで勝利できる絵がかける指導者がいなくなったいま、あえてそこに飛び込むことができなかったのだ。それが大きな理由だったように思われる。
