マーケティングリサーチに内在する問題
第3段階の「今後とるべき戦略を知ること」について、注意しておきたいことがあります。朝野先生も指摘するように、ここで知りたいのは、単なる予測である「これからこうなる」ということではありません。そうではなくて、「こうすれば、こうなるだろう」という意思を伴ったシミュレーションや検証の結果としての予測を知りたいのであり、簡単に言ってしまえばPDCAのサイクルを回すことであるとも言えるでしょう。

ここで、少し考えてみてください。もしも、科学的な手順にのっとり市場の現状や消費行動を捉えた上で合理的に判断をするとしたら、あるいは過去の結果を延長して予測を行ったとしたら、多くの企業は同じような方向性の戦略を導く可能性が高まるのではないでしょうか。それでは、同質化競争に陥るばかりで、他社と差別性のある戦略を構築したり、新たな市場を創造することには繋がりません。前回指摘した「消費者にこれから欲しいものを聞くことが有効なのか」も、同じようなことです。
ここに、マーケティングリサーチが根本的に抱える問題のひとつがあります。手順が科学的であればあるほど、論理的であればあるほど、得られるアウトプットは共通のものになるはずです。多数決の論理で、この結果をそのまま受け容れ、方向性を決めてしまえば、やはりマーケティングリサーチは使えない、となるでしょう。必要なのは、意思(仮説と言ってもいいでしょう)をもったリサーチであり、解釈であり、検証なのです。その結果として、「今後とるべき戦略を知る」ことが求められているのです。
アンケートとインタビュー、“聞くリサーチ”の限界
つい最近まで、マーケティングリサーチといえばアンケートやインタビュー(※)がほとんどでしたし、いまだにこの2つが中心的な手法であることに変わりはありません。そしてここにも、これまでのマーケティングリサーチの限界が潜んでいます。
この2つの手法のベースにあるのは、「聞きたいことを聞く」ことにあります。リサーチをする側の課題に沿って聞きたいことを設定し、主に回答者の記憶に頼り、言葉を通じて答えてもらうことにより、市場実態や消費者の行動、心理を明らかにしていくというものです。しかし、心理学や脳科学、行動経済学などの知見が深まるにつれ、このような手法には限界があることが明らかになっています。この点について2つの側面から考えてみましょう。
非合理的な人間の行動が明らかに
人々はいつも合理的に行動しているわけではなく無意識に行動することが少なくない、記憶は整理されてしまい都合のよいように後付されてしまう、周りの人や社会に合わせるようにウソをついてしまう、未知のもの(革新的な商品やサービス)については正しい評価ができないことからくる限界です。つまり、回答者が過去のことについて、意識的に、言葉で答えたことが、ほんとうに彼らの行動や気持ちを反映しているかというと、そうとも言い切れないのです。また、これからのことについて意見を聞いても、その時は過去の経験をベースに答えるので、実際にその通りに行動するかどうかはわかりません。
複雑化する市場に追いつけない
市場が複雑化し、アンケートやインタビューで聞くことに限界が来ているということもあります。たとえば、スーパードライが発売された(1987年)頃のビール市場は、4つのブランド(キリンラガー、サッポロ黒ラベル、サントリーモルツ、そしてアサヒスーパードライ)について確認しておけば、ほぼ市場をカバーできました。しかし今では、発泡酒や新ジャンルのビール、ノンアルコールビールまで含めると、いったいいくつのブランドがあるでしょうか。また、ブランドを知るきっかけや購入場所にしても、当時とは比べ物にならないほど増えています。
すべてについて聞きたいことを聞くとなると、相当の質問量となるので回答すること自体が苦痛になり、いい加減な回答になる可能性が高まります。また、ブランドの識別自体が混濁しているかもしれません。
ブランド数が増え(アイテムレベルではなおさら)、メディアが増え、購入場所が増え、影響する人も増えというように、消費への影響要因が増大かつ複雑化したことにより、先に見たアンケートやインタビューに内在する無意識や記憶によるリスクが、さらに高まっていると言えます。このような手法の限界と市場の複雑化が相まって、市場や消費者を理解するには、これまでの手法では限界があることは否めません。
「アンケート」は、正しくは「質問紙調査」のこと。質問内容や順番、選択肢(回答)があらかじめ定められた調査票を用いて、対象者の回答を得る手法。最近はインターネットを介して回答を得る手法が主流になっているが、郵送や電話を介する手法、調査員を介する手法などがある。
「インタビュー」は、インタビューア(あるいはモデレータ)が対象者に質問を投げかけ、対話によって回答を得る手法。ある程度聞きたいことは決まっているが選択肢などは定められておらず、対象者は自由に回答できる。また、回答内容によって柔軟に質問順や内容を変更することもできる。1対1で行うものや、6人程度のグループで行うものがある。