ビジネス基盤はクラウドが当たり前の時代に
MarkeZineでは4回にわたり、クラウド型プラットフォーム「Microsoft Azure」(以下、Azure)の概要と国内での活用事例を紹介してきた。(過去の連載記事はこちら)今回は、米マイクロソフトからAzureの開発に携わるソフトウェアエンジニア・河野通宗氏の来日に際し、実際に欧米でどのように使われているのか、その最新情報を聞く。
河野氏は日本マイクロソフトに勤務した後、本国への移籍を希望して約5年前に渡米。現在はAzureの機能の中でも、Webサイトやアプリケーションが素早く簡単に構築できる「App Service」という領域の開発に主に携わる。年間で500ものサービスアップデートや新サービスのリリースにチームであたる傍ら、クライアントの大規模なキャンペーンが展開される際はそのサポートも担当。環境を構築する段階でのプロトタイプ作成や、事前のテストを手がける場合もあるという。基本的にはセールスのスタッフが先方担当者と調整して進めるが、エンジニア同士が対応するほうがスムーズな場合は、直接クライアントサイドのエンジニアと問題の解決にあたることも。
近年の潮流に関し、河野氏は「数年前と状況がまったく違う」と話す。セキュリティの問題からクラウドが敬遠されていたころとは一転し、最近は何らかのビジネス基盤を構築するならクラウドが当たり前になっているという。
予想外のトラフィック増加にも難なく対応
その潮流は、企業の格付けとしてよく引用される、米ガートナーの「マジック・クアドラント」にも見て取れる。3年前、ビジネス基盤として高ランクにエントリーしていたのは、いずれも自社サーバーで管理する、いわゆるオンプレミスの基盤を提供していた企業。それが一転、現在ではAzureが高ランクにつけている。
特に、他のクラウド型プラットフォームと比較しても、提供サービスの種類や数においてAzureは群を抜いている。その点も、高ランクの要因となっているようだ。「ビジネス基盤として認められるようになったと実感した」と河野氏は語る。
企業のあらゆる業務に活用できるAzureだが、特にマーケティング領域での活用が進んでいる。相性のよい理由のひとつは、キャンペーン時などの急激なトラフィックの増加に対応できることだ。
たとえばダイソンが新型掃除機のキャンペーンを日本で先行してローンチした際は、アップされた動画が国を超えて話題になり、日本語サイトにもかかわらず各国からトラフィックが集中。当初の想定では、1日あたり15万ヒットだったのに対し、実際には24時間で150万ヒットという10倍のトラフィックが発生した。
このとき、エージェンシーの英HOGARTHは、Azureを通してすばやく他の地域でもサイトを開設し、トラフィックを世界に分散させる仕組みを構築。これにより、予想をはるかに超えたトラフィックにエラーなく対応することができた。「これをクラウドを使わずにやるのは、ほとんど不可能だと思う」と河野氏。
また、インターネット上のつぶやきを地域別、言語別、感情別に分類してダッシュボードに表示し、解読したインターネット上の感情を基に地域別のマイクロサイトのアップデートも実施したという。
選挙キャンペーンに採用される柔軟な拡張性
こういったキャンペーンでは、どの程度トラフィックが集中するかを見積もるのが難しい。また、オンプレミスで対応した場合、キャンペーンが終了すれば用意した環境は不要になってしまう。その点で、急にトラフィックが増えても即座に対応できるクラウドと短期的に行うキャンペーンの親和性は高い。
また、公的な議員選挙のキャンペーンでもクラウドが使われている。河野氏によると、2014年は米国で、2015年はカナダで選挙キャンペーンにAzureのApp Serviceが採用された。カナダでのキャンペーンの際は、CBC (Canada Broadcasting Corp)の番組でも利用した、地図上に各党の投票獲得状況等が表示されるWebサイトを視聴者がインターネット上でも確認できる仕組みを展開した。
「基本的なゴールは、1秒で100万のアクセスが来ても耐えられること」(河野氏)というのだから、生半可な規模ではない。1秒100万アクセスを想定し相当数の事前検証を重ねた結果、実際に1秒最大80万、6時間で計36億のアクセスがあったが、問題なく処理できた上にエラーも0件だったという。
ちなみにセキュリティに関しては、米マイクロソフト内に河野氏のようなエンジニアチームとは別に専門部署があり、彼らが担当しているという。「セキュリティは常に変化するので、情報を追い続けるのが難しい。その点、弊社では社内にスペシャリスト集団がいるので、サービスを構築する上で心強いですね」。
AzureはISO等の標準化団体、各種政府機関、各種産業機関等22の団体からセキュリティについて認証を受けている。そのため、サービス構築の際のセキュリティテストが不要であり、キャンペーンがスピーディーかつ容易に展開可能になっている。
モバイル端末とWeb上の情報を常に同期
キャンペーンから少し離れると、次のような例もある。英ロンドンの地下鉄で、作業員が保守点検のために使うサービスを、Azure上で構築しているのだ。
具体的には、一人ひとりの作業員がモバイル端末を使って、ネット接続が途切れがちな地下で作業をし、オンラインになった際に地上のバックエンドシステムとデータを統合。社内の保守管理部門のWebでも、常にアップデートされた状況を把握できる。こうしたモバイルアプリとWebを統合した仕組みも、河野氏が担当するApp Service領域でフォローしている。
「App Service上で、モバイルアプリでもWebでもまったく同じように使える仕組みを構築したことで、開発コストを大きく圧縮できました。この点が、クライアントに非常に喜ばれましたね。既存のオンプレミスのデータベースにセキュアにアクセスできることや、ネット接続が断続的な環境をカバーしたことも特徴的でした」。
これは一例だが、こうした保守点検以外にも、ビジネス上でモバイルアプリとWebの両方で同じシステムを使いたい、データベースを常に一元管理したいというニーズは他のシーンにも多い。河野氏は「このノウハウは、さまざまなケースに適用できると思います」と話す。
機械学習でレアル・マドリードのチケット額を予想
さらに、最近注目が高まっている機械学習と組み合わせた、高度なサービス開発の事例も増えているという。たとえばスペインのサッカークラブ、レアル・マドリードでは、価格が変動するチケットの価格予測サービスを提供。App ServiceとAzure上の機械学習ソリューション「Azure Machine Learning」を活用し、精度の高い予測をユーザーに提示することで、チケットの購買促進につなげている。当然、このサービスもモバイルアプリ、Webの両方で利用できる。
ここまで紹介した事例はいずれも、クライアントやエージェンシー内の担当者が必ずしもITに習熟しているわけではない。新規サイトを立ち上げる場合はいくつかのアイコンをクリックし、サイト名およびURLを入れれば10秒ほどで完了する。各種のコンテンツマネジメントシステムもあらかじめ搭載しているので、いくつかの中から選択すればいいだけだ。Azure自体の管理画面のUIが極めて分かりやすいため、「実現したいこと」をそのまま直感的に構築できるようになっている。
また、外部サービスとの連携も充実している。例えば他社のCRMで顧客データを管理している旅行会社で、「出張のチケットを予約した一部の顧客にプッシュ通知をモバイルへ送りたい」といった場合でも、管理画面での簡単な操作で仕組みをつくることができる。
専門知識がなくとも構築できる領域に
「これは、裏側の仕組みとしては割と複雑です。当社とはまったく別の企業のデータベースとセキュアに結び、そこから選択的に情報を得てAzureの新規コンポーネントへ移し、プッシュ通知を実装する。そういった“割と複雑”なことを、ITの専門外のあらゆる人が簡単に組み立てられるようにしています」。
直近では、簡単にアプリを作成できる機能「PowerApps」を使ってApp Serviceを利用したワークフローを作成できるようになった。PowerAppsとApp Serviceを組み合わせることで、前述の保守管理システムや社員向けの勤怠管理システムなどをこれまでより相対的に簡単にアプリ化することが可能になった。
マーケターはもちろん、事業部門、あるいは人事・総務など管理部門の担当者も、直感的にシステムやアプリを構築できる。河野氏は「システム構築といった裏側のことは気にせずに、その分ビジネスのアイデアやコンテンツの考案に時間を割いていただきたいですね。Azureは、裏側にごく自然に存在するサービスになっていくと思います」と話す。
今後は、AzureのDMPとして活用する動きも広がりそうだ。マイクロソフトが10年以上にわたり蓄積している分析ノウハウを反映した機能「Power BI」を通して、データドリブンマーケティングを展開する企業も増えているという。
データ量が多いほど、機械学習の精度も高まる。「データ分析のプラットフォームとしても、Azureはこれからさらに発展すると感じています」と河野氏。今回紹介した事例以外にも、ますます多様な領域での活用が見込まれる。