ある危機感が、僕をアドテクに向かわせた
横山:DACが立ち上がったころは、Yahoo!とInfoseekがそのままCCIとDACだった。それぞれ専売レップなので、ほかのものは売らない。でも、DACが座組みをつくった瞬間にもう勝負は決しているわけです。たとえば、Infoseek Japanの検索結果画面に出てくるのがYahoo!のディレクトリの情報ばかりだったことがあった。僕が激怒して「なんだこれは!」と。でも、世の中にコンテンツがないから仕方がない。今なら何十億というページがあるけれど、当時は10万ページとかそういう規模だったから。

その後、僕らは日本で最初のアドネットワーク「DAC AD Network」を立ち上げた。なぜ、アドネットワークを作ったのかというと、Yahoo!との差がどんどん広がっていくなかで、このままInfoseekだけを売っていたらダメだと思う事件があったからです。
MZ:それは一体どのような…。
横山:いまはネットで普通に株価情報が見れますけど、当時は前日の終値しか見られなかった。そんな情報では誰も見ないので、僕が東証に行って株価データを売ってほしいという話をしました。東証は、証券会社の店頭にあるモニター1台あたりいくらというかたちで証券会社にデータを売っていた。担当者に「Infoseekでは何台のモニターに株価が表示されるのですか」と聞かれて、「クッキーなどから算定すると、10万台くらいですかね」と答えたんだけど、それでは膨大な金額になってしまう。仕方がないから、そのときはあきらめて帰りました。
でも、2週間くらいしたら担当だった若い人がなかなか頭のいい人で、電話をくれた。「横山さん、株価は当然ながらリアルタイムデータですが、20~30分わざとディレイ(遅延)させたデータだったら、月額料金をかなりディスカウントできるかもしれません」と金額を提示してきたので「それ買った。やります」と即答しました。「20~30分ディレイ」と言っていたので「絶対20分にしてね」と念押しして(笑)。その後、ネットの株価表示って20分ディレイだったんですけど、20分と決めてもらったのは僕だったんですよ。でも、Infoseek側の事情で返事に時間がかかり、結局、先に株価情報を買ったのはYahoo!だった。
MZ:ショックですね。そこまで話を詰めたのに。
横山:あのとき先にInfoseekが買っていたら、「Yahoo!ファイナンス」ではなく、Infoseekの株価情報がデファクトになっていたかもしれない。その一件があってから、僕にスイッチが入った。そのあとすぐに矢嶋くんとニューヨークへ飛んで、後にGoogleが買収したDoubleClick創業者のケヴィン・オコーナーに会いに行き、アドサーバー「DART(Dynamic Advertising Reporting & Targeting)」の1号ライセンシー契約を結びました。当時、日本ではトランスコスモスがダブルクリックジャパンを設立しようとしていたので、最終的にはそこから僕らはライセンシーすることになりましたけれど。
絶対にオリジナルのサーバーを作ってやる
横山:当時のDACはメディアレップとして広告枠の販売の代行だけでなく、配信の代行もしていきました。アドサーバをもってきて、みんなにDARTのタグを貼ってもらって、その在庫を預かって販売し、広告配信もDACがセットする。
そのころはトラブルが多くて、ブラウザのバージョンが上がったときにタグを入れ替えないと、広告をクリックしたときにとんでもない所へ飛ぶこともありました。しかし、米国のDoubleClickに話をしても、日本のプライオリティが低いから対応が進まない。DACは設立から4年半の2001年に上場するんですが、その直後にアメリカの「Accipiter」いうアドサーバーのソースコードをまるごと買ってきて作り替えた。

なぜそんなことをしたかというと、DARTをライセンシーで使っていて苦労し続けてきたから、絶対自分たちでアドサーバーをオリジナルでつくってやろうと。徳久くんがソースコードを買ってきて、手塚くんを中心に10万行のソースコードを解明して、日本ではじめてのオリジナルのアドサーバーを構築しました。だから、アドテクの原点はアドサーバーなんです。それがタグのソリューションになったり、DSPになったり、DMPになったりしているけれど、すべて同じドメインにしておけば連携できるし、機能拡張できる。
MZ:すごいスピード感と行動力です。
横山:今日思ったことは明日やらないとヤバい。それくらい切迫感があった。Yahoo!を扱えないというディスアドバンテージはそれだけ大きなものだったんです。僕らにとってはね。だから、Yahoo!以外はすべて扱えるようにしなければいけない。アドサーバーとか、そういうテクノロジーに先に踏み込まないとつぶされてしまうと思っていたので必死でした。
1999年2月に「iモード」がスタートしましたが、5月におそらく世界ではじめてモバイルに広告を出したのもDACです。僕が持っていた「F501i」という一番小さな、モノクロの液晶の画面しかない端末に、DARTのアドサーバーからモバイルに広告の配信実験をしました。僕たちは、そういうことを一杯やってきたんです。
広告の「効果」と「効率」のはざまで
横山:「DAC AD Network」はインプレッションベースで課金するモデルですが、その後、クリック保証型のアドネットワークが日本に登場します。1999年にCCIとValueClickが提携したとき、「サイバークリック」を運営していたサイバーエージェントの藤田(晋)くんがやって来て、DACと組みたいと。レップ業をうちに任せて、メディアと代理店としてうちとつきあいましょうという話をしたら、「わかりました」と言って、その翌々日にはプレスリリースが出ましたから、早いなと思いましたね。
クリック保証に関しては、僕たちが取り組むのは遅かったかもしれない。それはクリック保証という課金形態に対する疑問があったからです。長い歴史のあるブランドも新興企業も、バナーの1クリックが同じ値段ということは、ある意味、媒体社がブランド力をギャランティするということですから。広告主は「CPCやCPAで管理してます」といえば社内でも説明しやすいでしょう。でも、それは部分最適であって、最適化の打ち手はほかにもたくさんあるんです。
MZ:確かに、CPC(1クリックあたりのコスト)は、クリックの獲得効率であって、効果の絶対量を表してはいない。
横山:いま日本のネット広告のCPMはアメリカの5分の1以下です。バイサイドの論理に引きずられているというのは、ある意味、ネット専業の功罪の“罪”のほうですよね。日本のデジタル媒体がマネタイズできなくなって育たなければ、困るのは広告主です。ユーザーに対して一定のコミュニケーションをしなければいけないのに、頼るべきコンテンツは自分で作れない。けれどパブリッシャーも弱体化してしまったらどうするんだろうということを、僕はずっと言ってきた。
基本的にはCPAとかCPCというのはやってはいけない、というのが僕の考え方なんですが、現在はその部分がほとんどになっています。その判断が的確だったかは今ではわかりませんが、次のブランディングするための指標というのは用意しなければいけない。CPCとかCPAはあくまでも効率であって、絶対量をギャランティしてるわけではないので。ある程度ターゲットのリーチやブランディングのエンゲージメントをどこまで持ってくるかということを指標化しないといけないんです。
MZ:20年たって、指標だけでなくマインドも見直す時期なのかもしれません。そのあたりもさらにうかがっていきたいと思います。
※後編では、横山さんが「デジタルマーケティング」の本質的な課題に踏み込んでいきます。
取材:井浦薫(MarkeZine編集部)