リクエスト募集!
このコーナーでは、読者の皆さんの「気になっているけれどまだ読んでない」「買ってみてハズれたら嫌だな」という本を大屋友紀雄氏が代わりに読んでレビューしてくれます。リクエストがあったらコメント欄にどしどし書いてください!
なぜ、いまさら『ティッピング・ポイント』なのか?
「ティッピングポイント――あるアイディアや流行もしくは社会的行動が、敷居を超えて一気に流れ出し、野火のように広がる劇的瞬間のこと」(本文より)
ティップする、というのは「傾く」という意味である。もともと“ティッピング・ポイント”という言い回しは、1970年代、アメリカ北東部の比較的古い都市において、白人が市外に流出する現象を説明するために使われていたという。この“ティッピング・ポイント”という言葉、あるいは発想を使い、小さな変化が大きな変化を生み出すメカニズムを考察したのが本書である。
マーケティング関連の書評を――とりわけオンラインマーケティングを主軸に、と請われて、なぜ最初に本書『ティッピング・ポイント』を選んだのか? まずはそこから説明する必要があるかもしれない。
本書が日米で同時に刊行されたのが2000年3月のこと。このたび新しくスタートする「MarkeZine」が最初に取り上げるネタとしては、少しばかり中途半端な古さの本である。もちろん、今どきのマーケティング・キーワードを紐解く類の本も候補になかったわけではないが、本書を真っ先に取り上げてみたいと思ったのだった。実際の本の内容に移る前に、その理由を少し遠回りして説明していきたい。
広告理論のネタ元の変化
いわゆるマーケティング理論の“ネタ元”の代表格として心理学が挙げられるが、90年代初頭から95年ころにかけて、従来の行動主義心理学――パブロフの犬に代表される【刺激ー反応(S-R>】モデルを使った心理学――に代わって、認知心理学が大きくクローズアップされるようになった。
認知とは“理解”や“思考”、“記憶”などを指し示す言葉であるが、認知心理学ではそうした“内的要因=心の中の動き”を、これまでの刺激モデルに取り込んでいこうとするものである。なぜ、この時期にこのような考え方が強まったのか。
そもそも、心の中の動きを取り込むといっても、背景にはテクノロジーの発達が大きく影響している。すなわち、これまで暗黙知とされてきたものを、計測可能なものにしていこうという考え方である。端的に言ってしまえば、コンピュータの構造を脳の構造にあてはめて考えてみたらどうか、ということだ。2006年に生活する私たち、とりわけ日常の中でコンピュータに触れることの多い人びとにとっては、ディレクトリやハブという考え方はさほど難解なものではない。しかし、このような理解が促進されたのは、言うまでもなく90年代初頭からの急速なパソコンの普及に負うところが大きい。90年代初頭から90年代中期までにかけて、人々の生活やビジネスの世界にパソコンが定着していくが、1995年のWindows95発売は、まさにその定着の象徴と言えるだろう。
パソコン普及の歴史は、一方でネットワーク普及の歴史でもあった。1993年に発足したクリントン政権下で、アルバート・ゴア・ジュニア副大統領の旗ふりによるNII(全国情報インフラストラクチャ~いわゆる“情報ハイウェー構想”>の展望が発表され、全世界的に情報インフラを整備していこうという機運が高まっていく。こうした政治的な背景も後押しして、95年以降、インターネットは爆発的と言ってよいほどの成長を遂げることになる。こうしたネットワークの普及は、前述したパソコンの普及と相互作用を引き起こし、人々の思考様式に大きな変化をもたらしていく。すなわち、「情報を統合、整理し可視化していこう」という思考様式である。