競合は同業とは限らない
ジョブは、マーケティング用語でいう「ニーズ」と似ているようにも思える。しかしクリステンセン氏は、ジョブはニーズよりも「本質的」だと説明する。
たとえば「健康でいたい」というニーズをキャッチしても、数ある健康食品のなかから特定の商品が売れる原因はわからない。ニーズとは、あくまで方向性に過ぎず、顧客がプロダクトやサービスを選ぶ理由を正確に定義するには足りない、ということだ。しかし、その売れた商品に、他では不可能(あるいは不十分)な「ジョブを片づける力」があるとしたらどうだろう。
喫煙者が仕事中に一服しようと休憩所に向かったとしよう。このときの彼のニーズは「タバコを吸いたい」だろう。しかしジョブ理論では、この喫煙者は「気を落ち着かせ、リラックスする」「同僚と雑談する」といったジョブを片づけるためにタバコを「雇用」したと捉える。
ここで今挙げた二つのジョブを、Facebookでも片づけられることにお気づきだろうか。職場を離れて喫煙所でタバコを吸うという行為と、気分転換のためにFacebookにログインし、仕事と別のことを考えながら「友達」と仮想井戸端会議を開くのは、同じジョブを片づけているのである。タバコとFacebookのどちらを選択するかは、その特定の時点でその人が置かれている状況や嗜好などによって異なる。
つまり、タバコ会社の競合は、別のタバコ会社に限らないということだ。
同様のケースとして本書では、映像ストリーミングサービスを提供するNetflix社CEOのリード・ヘイスティングスによる発言が紹介されている。彼はベンチャー・キャピタリストに「Amazonと競っているのか?」と問われ、こう答えたそうだ。「リラックスのためにすることなら、なんでも競争相手だ。ビデオゲームと競い、ワインを飲むこととも競う。じつに手ごわいライバルだね」と。
新たな市場を開拓する「無消費」に注目すべし
ジョブはニーズとは異なり、データから見つけるのが難しいことがある。それらの多くは顧客のストーリーのなかにあるからだ。では、具体的にどのようにジョブを見つければよいのか。本書ではそのヒントもいくつか解説されている。
なかでも大いなるヒントになると考えられるのが「無消費」という現象だ。「どれかを選んで買う」のではなく「どれも買わない」選択をすることを指す。一般的に企業は競合他社から市場シェアを奪うのに気をとられがちだ。しかし、無消費も「見えない競合」として見逃せないのである。
本書ではジョブ理論を用いて無消費との競争に勝利したキンバリー・クラーク社の例を紹介している。同社は1980年代から、疾患や加齢による失禁に悩む人に向けて成人用紙おむつ〈ディペンド〉を提供していた。しかし、よく調べると、実は多くの人が、失禁に悩みながら、ディペンドを含む紙おむつを買わない「無消費」になっていたという。彼らは、店頭で乳児向けの紙おむつとそっくりな代物をレジに持っていく恥ずかしさを味わうくらいなら、我慢した方がまし、という選択をしていたのだ。
自社の商品がジョブを片づけられていないことに気づいたキンバリー・クラーク社は、恥ずかしさを打ち消し、購入する人の尊厳を回復できるよう、製品を改良することにした。素材・製法を根本的に見直し、パッケージや見た目・着け心地が通常の肌着と変わらないプロダクトを開発。そうして生まれた〈シルエット〉シリーズは、市場に投入されるやいなや、飛ぶように売れたという。
表面的な(本質的ではない)ニーズだけをもとに作られた商品は、機能面を重視しがちだ。一方、〈シルエット〉シリーズには、特にそれまでなかった画期的な技術を用いた新機能が盛り込まれたわけではない。受け入れられたのは、感情的な側面にも配慮し、ジョブを片づける障害を排除して顧客を満足させたからだろう。ジョブの視点を持つことで、無消費という新たな市場を開拓できたのだ。
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