消費者の支持と信頼がブランドを作る
谷古宇:これまでとは性質の異なる「信頼」の獲得がマーケティングの軸になるとすると、企業のブランディング活動にはどのような影響があるのでしょうか。
小西:1つ指摘するならば、現代は「マスターブランドの時代」と言っていいでしょう。この場合のマスターとは、最上位という意味で、企業が有する複数のカテゴリーやブランドを包括する最上位ブランドのことです。グローバルなブランド競争で投資効率が求められること、また従来のカテゴリーを超えた価値競争と淘汰が進んでいることが要因として挙げられます。
今日、ネットやSNSなどを通じて消費者はブランドに関する情報を容易に入手できるようになりました。製品のユーザーの評判、またその背後にある企業の姿勢や行動までを知る機会が圧倒的に増えました。そのため、製品ブランドごとの表層的な差別化から、企業ブランドの理念やリーダーシップ・行動、ビジネスモデルやサービス体験のレベルで、消費者の支持と信頼を築きあげることがとても重要になっています。
たとえば、よく知られるアップルの成功は、製品イノベーションだけでなく企業ブランドの理念に対する支持、そして直販チャネルとしてのアップルストアを通じた消費者のブランド体験のコントロールが大きな要因でした。
またネスレも、これまで「ネスカフェ」をはじめとした様々なプロダクトごとに、マスチャネルでのブランドマーケティングを展開していました。それが現在では、バリスタなど直販型ビジネスモデルの導入で企業が消費者と直接つながり、モノ(商品)の販売から、飲用体験まで独自の「顧客体験」を積極的に創り出すことで、高い付加価値と収益を実現しています。

小西:『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(東洋経済新報社)の著者、スコット・ギャロウェイは著書の中で「アマゾンがブランドを殺す」と書いています。モノやコンテンツの流通手段を革新し続けるアマゾンは、音声認識による検索・コマース市場も牽引していますが、ユーザーは商品名(ブランド名)で検索するのではなく、カテゴリーで検索することが増えているそうです。
アマゾンなど強力なプレーヤーの提案力で、コストパフォーマンスが高いゆえに不況に強いといわれるPB(プライベートブランド)商品の販売が、近年好景気においても伸びています。流通支配力が高まる中で、製品ブランド競争では、なかなか差別化ができなくなってきた、というわけです。
その場合、企業はどうすべきでしょうか。1つのトレンドとして、単に商品を売るのではなく、消費者が商品を通して得られる体験をデザインし、直接的な消費者接点とフィードバックを創り出していく。こうした動きが、マスターブランド志向の高まりだと私は考えています。
信頼性を巡るメディアの問題
谷古宇:企業のマーケティング活動を考える時にメディアの動向は大きな意味を持ちます。先ほど信頼性のお話の中でも、メディアへの信頼性の低下に言及されていました。
小西:信頼されるメディアは本来的に、人々の価値観の多様性を担保する社会的役割があります。しかし、少し前に「フィルターバブル」という言葉が登場したように、プラットフォームやメディアの最適化のアルゴリズムがフィルターとなって、自分と同じ興味・関心に属する出来事しか手元に届かなくなったり、同じような価値観・考え方を持つ人々の意見しか受容できなくなるというような状況が少なからず生まれています。つまり、多様性を受容できない、あるいはしない状況が少しずつ形を表し始めているのではないでしょうか。
そんな状況において、ナイキが「Just Do It」スローガンの30周年キャンペーンで、人種差別に抗議して国家斉唱に起立せず、ひざまずいた元NFLのコリン・キャパニック選手を起用したことは注目に値します。ブランドがこのような「多様性を支持する社会的メッセージ」を強い信念で伝えていることは、マーケティング観点も含めてとても興味深い。P&Gなども近年、人種やジェンダーの多様性を支援する、かなり先鋭的な企業メッセージを発信しています。
谷古宇:なるほど。ただ、多様性を受け入れられない社会の出現というのは、必ずしもメディアだけの問題ではなく、自身の行動情報やデモグラフィック情報と引き換えに自分用に“カスタマイズ”されたニュースを受け取りたいとする人々のニーズが引き起こした状況でもあるように思えます。
新聞やテレビ、ラジオ、ニュースサイトなど、一次情報にきちんとアクセスをしてニュースを制作するいわゆるパブリッシャーに対する信頼性の低下という問題も深刻です。事実誤認・誤解によるパブリッシャー側の意図しない誤報のみならず、恣意的な事実解釈の歪曲など、パブリッシャー側の意図的な情報操作があると考える人々がソーシャルメディアや掲示板サイトを通じて発言し、それらの発言がより多くの人に拡散されることで、ある種の世論が形作される状況が生まれています。
ソーシャルプラットフォームのニュースフィードの表示アルゴリズムが調整されることで、ユーザーは自身が受け取るニュースを他者にコントロールされているのでは……という疑惑、あるいは批判も目にするようになりました。
小西:エージェンシーに所属していながらこういうことを述べるのはなんですが、ジャーナリズムの行き過ぎた“広告メディア化”もメディアの信頼性低下の一因を担っているようにも思えます。多様な価値観を訴えるプラットフォームであるはずの存在が、皮肉なことに、消費者の求める情報やコンテンツに最適化しすぎることで、逆に価値観の押し売りをすることになっているというか。今、信頼できるメディアの役割として求められているのは、単なる情報の中立性だけではなく、多様性に基づく社会的な価値を積極的に提案していくことかもしれません。