目指すのは、旅の前後も含めた幸福な顧客体験
大阪に本社を置き、運輸事業を展開するWILLER。コア事業となる高速路線バスは、日々23路線301便を運行しており、現在、年間を通して273万人以上が利用している。
同社の社是は、「旅する世界を快適に、旅する人生を幸せに」。コア事業は「高速バス」を起点にした運輸サービスだが、バスは同社が理想とするカスタマージャーニーを達成するための手段のひとつに過ぎないという。
「高速バスを利用するお客様にとって、バスに乗ることはゴールではありません。『遠距離恋愛中の恋人に会いに行く』や『大好きなアーティストのライブに行く』といった、旅の目的がありますよね。私たちは、移動中だけではなく、旅の前後も含めて、お客様に幸福なひとときを感じてもらいたいと考えています。私たちの提供する移動サービスで、お客様に旅をどれだけ楽しんでもらえるか。旅へのワクワク感をどれだけ醸成でき、どうすればもう一度行きたいと思ってもらえるか。こうした長い視点で、カスタマージャーニーを描いています」(磯田氏)
顧客の声に耳を傾けた1to1マーケティングを
WILLERは、この「旅“中”(移動中)だけでなく、旅の“前後”も含めた顧客体験」を実現するため、カスタマーマーケティング部を設立。「Salesforce Marketing Cloud」(以下、Marketing Cloud)を活用し、顧客一人ひとりにあった最適なコミュニケーション施策を実施している。昨年から2018年春まで磯田氏がMarketing Cloudの運用を行い、春以降は磯田氏が企画を主導しながら、杉山氏が運用を引き継ぐ体制を敷いた。杉山氏は、メールをはじめとしたコミュニケーション施策を実施する際、カスタマーセンターや乗務員からの意見を聞くことを意識しているという。
「カスタマーセンターや乗務員は、お客様と一番近い距離で接しているので、お客様がつまずいているポイントをよくわかっているんです。なので、彼らと積極的にコミュニケーションを取りながら、そこで得た気づきを反映させることを意識しています」(杉山氏)
同社はMarketing Cloudとともに、「Salesforce Service Cloud」(以下、Service Cloud)も導入しており、カスタマーセンターで集めたデータをMarketing Cloudに連携させているという。
「本社と離れた場所にあるということもあって、当社はこれまでカスタマーセンターで集めたデータを上手く活用できていませんでした。ですが、お客様と直接関わる場所ですので、実はカスタマーセンターこそ、お客様の本当の声が一番集まっているところなんですよね。Service Cloudを活用してカスタマーセンターのデータをMarketing Cloudと連携させることで、お客様の声に耳を傾けたサービスを提供していきたいです」(磯田氏)
社内の各部門をつなぐ「架け橋」へ
カスタマーマーケティング部のミッションは、1to1マーケティングのための顧客対応だけではない。一貫した顧客体験を提供するために、社内の「ハブ」となることが求められたという。
「カスタマーマーケティング部は、創設当時から現場と現場をつなぐ部署になる、というミッションをもっています。たとえば、コンタクトセンターや乗務員の声を収集するだけでは足りず、集まった声の内容を嚙み砕いて理解して、問題点を分析したら、その内容をきちんと反映する必要があります。納得がいかない改修は抵抗されるだけなので、システム開発部門やサイト構築部門に、改修の意図をきちんと理解してもらわなければならないのです。私たちが社内の“架け橋”となれれば、抵抗は最小限になるはずです」(磯田氏)
WILLERは、業務の内製化を心がける社内方針を持ち、Marketing Cloudもカスタマーマーケティング部が主導となって自前で運用している。「内製化することで、顧客の声をダイレクトかつ即座に施策へと反映できる」と磯田氏は話す。もちろん、即座の反映には部署間の密なコミュニケーションが重要となってくる。2名は積極的に他部署とコミュニケーションを図ることを心がけているという。
「Marketing Cloudは会社として新しい取り組みだったので、最初は周りからの理解がない状況でした。『一体何をやっている部署なの?』と。そこで、どういった取り組みを行い、どのような成果が出ているのか、小さく細かなことでもとにかく会議で話を出すなどして、社内共有することを徹底しました。その甲斐があって、少しずつ様々な部署から“こういうメールを送ってほしい”“カスタマーマーケティング部ではどこまでできる?”といった積極的な提案の声が増えています」(杉山氏)
メール開封率が7%から40%へ劇的に改善
導入から1年以上が経過。カスタマージャーニーに基づいたメール配信によって、開封率は7%から40%に伸長したという。「お客様が情報を欲しいと感じるタイミングもつかみつつあります」と杉山氏は述べる。
また同社は、Marketing Cloudの導入とともに「Journey Builder(ジャーニービルダー)」も積極的に活用している。チャネル別、デバイス別のカスタマージャーニーが描きやすくなるツールの活用で、顧客行動のタイミングを視覚化し、顧客が接しやすいチャネルへの働きかけを可能にしたのだ。
「バスの場合、新規のお客様が再度ご利用いただくケースがあまりなく、再利用へのハードルが高い現実があるので、リピートの促進策で行うクーポンの配信は、Journey Builder でタイミングを計るように変更しました。効果的なタイミングを模索中です」(磯田氏)
Journey Builder 活用の最大の利点は、有料のプレミア会員数の増加が挙げられる。WILLERでは、年会費1,080円の有料会員を設けており、有料会員は1回の乗車ごとに300円引きの特典が受けられる。一方で、特典の訴求が不十分で、有料会員数の伸び悩みがボトルネックとなっていた。
「2往復すると1,200円引きですので、3度乗ったお客様には“損をしているかもしれませんよ”というメールを送りました。その結果、プレミア会員になる割合が現段階で約150%も増えています。プレミア会員になると、1年のLTVが1,000円も上がるというデータも出ているので、強い手応えを感じています。Twitterで“会員になった!”というつぶやきもちらほらと見かけるようになっています」(磯田氏)
Journey Builderで描き、ユーザー毎に最適なチャネル・コンテンツを採用
同社のカスタマーマーケティングは、Journey Builderで問題点を可視化し、Marketing Cloudでデータを管理しながら最適なタイミングで施策を実施する。この循環こそ、カスタマーマーケティング部が他部門の架け橋となるからこそ得られた知見という大きな武器である。
「高速バスチケットとテーマパークへの入場チケットのセット販売策もやっていますが、ここでも新規が多い一方で、リピーターが少ない懸案を抱えています。つまずく要因を“チケットの受け取り方”や“乗り場の不案内”などと挙げていきながら、Journey Builder を使ってお客様一人ひとりを追いかけて、チャネル別で適したサポートをするようにしました。たとえば、利用促進のためのメールをすぐに送らず、“半年前、行きましたよね。また行きませんか?”と180日後に送る設定にしたり、Journey Builderで最適なタイミングを管理しています」(杉山氏)
「テーマパークのカスタマージャーニーを突き詰めると、ご利用から半年以降のお客様が増える傾向も見えてきています。他にも、コンサートユーザーには記念日や誕生日に紐付けた働きかけを加えるなど、イベントごとで対応を変えながら、今後はそれぞれに適ったタイミングで最適なコンテンツを用意したいです」(磯田氏)
訪日時のトリガーに WILLERが目指すこれからの顧客体験
着実に成果をあげるWILLERだが、これからどのように取り組みを広げていくのだろうか。最後にそれぞれへ今後の展望を伺った。
「当社は現在、日本人のお客様を中心にサービスを展開していますが、今後は海外からの訪日外国人にももっとアプローチし、WILLERの利用を訪日時のトリガーにしていきたいと思っています。また、メール中心の運用から徐々にLINE連携も始めているので、プッシュ通知を活かしたLINE活用の強化もしていきたいです」(杉山氏)
「移動業界は価格で比較されがちですが、『楽しい体験ができるから』という理由で選んでもらえるよう、これからもお客様に寄り添ったサービスを展開していきたいです。そのために、今後はMarketing Cloudの活用幅を広げ、サイト改修や乗務員の接客態度の改善にも取り組んでいこうと考えています」(磯田氏)
カスタマージャーニー研究プロジェクトチームのコメント
加藤:顧客の声に耳を傾ける。その先に最適なカスタマージャーニーがあるわけですが、その実現は容易ではありません。同社では、顧客の「困っていること」へ情報収集とその理解、理解をコミュニケーションにまで落とし込める新しい組織体制、ジャーニーの実装、この3つが実現されています。これはひとえに磯田氏のリーダーシップと杉山氏の実行力の高さ、そして顧客と向き合うお二人の真摯な姿勢で実現されていることが実感できるインタビューでした。ビジョンを実現するこれからのマーケターのあり方だと感じます。
押久保:同社のカスタマーマーケティング部は、創設当時から現場と現場をつなぐ部署になる、というミッションをもっています。社内の架け橋になるといえば聞こえはよいですが、他部署からの信頼を得るのは並大抵の努力ではできません。その壁を突破した大きな要因の一つは磯田さん、杉山さんのお人柄なのかなと取材を通して感じました。1to1マーケティングの実現も、結局は人次第なのでしょう。
カスタマージャーニー研究プロジェクトとは?
「カスタマージャーニー」、顧客の一連のブランド体験を旅に例えた言葉。デジタルやリアルの接点が交差し、顧客の行動が複雑化する中、「真の顧客視点」に立って、マーケティングを実践する重要性が増してきました。
カスタマージャーニーに基づいたマーケティングの必要性は、その認知が進む一方で、「きちんと“顧客視点に基づいたシナリオ”を作成し、運用できている企業はまだまだ少ない」多くのマーケターに意見を聞くと、そのように認識されています。
今回、押久保率いるMarkeZine編集部とセールスフォース・ドットコム マーケティングディレクターとして、各企業とジャーニーを研究してきた加藤希尊氏を中心に、共同でカスタマージャーニー研究プロジェクトを立ち上げました。本プロジェクトでは、「顧客視点のマーケティング」における成功例を取り上げ、様々なアプローチ方法をご紹介していきます。その他の成功例はこちら。