「知覚価値」が「知覚リスク」を超える
「顧客の手を借りる」という発想は、これまでありそうでなかった考えですね。我々人間は良くも悪くも、これまでの慣行に強く影響を受ける生き物です。デジタルのように新たな技術や手法がもたらす体験が出てくると、人はそれによって受ける恩恵である「知覚価値」と、逆に想定されるマイナス要素「知覚リスク」を天びんにかけます。その際に必要となるのは、「知覚価値」が「知覚リスク」を凌駕することです。
ソーシャルイノベーターであり、ベストセラー書籍『シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略』(2010年、NHK出版)の著者でもある英レイチェル・ボッツマン氏は、このキャズムの越え方として、新著『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』(2018年、日経BP社)において「信頼」の重要性を挙げています。

レイチェル・ボッツマン著 日経BP社
同書においてボッツマン氏は、新規のアイデアが受け入れられる過程には、信頼の積み重ねが大切であるとしています。詳しくは同書を実際に読んでいただきたいと思いますが、ボッツマン氏の表現を借りるならば、「それは何か?」「自分にとってどんな得になる?」「ほかに誰がやってる?」この3つの質問に答えられないと、新たなアイデア・サービスは世の中に普及していかないというのです。
顧客のメリットを伝播させていく
たとえば、クレジットカードが普及し始めた当初は、「浪費を招きそう」という知覚リスクが「便利になりそう」という知覚価値を上回り、すぐには利用率が向上しませんでした。
ところが、クレジットカードを使うメリットとして、「支払いを月末にまとめられる」「利用に応じてポイントが付与される」などがあることを理解し始めた消費者が、次第にクレジットカードを所有することをステータスとして受け入れていきました。そして、テレビCMなどを用いた訴求によって「クレジットカードを使いこなすことがスマートなライフスタイルである」という考えが浸透し、「じゃあ私も使ってみよう」と利用が広がっていきました。
上記で言及している通り、丸亀製麺の公式アプリで特筆すべき点のひとつは、「良かったらレシートをスキャンしてくださいね」と、今となっては当たり前になりつつあり、かつ多くの人にとって難しくない「QRコードをスキャンする」という行為によって、顧客にメリットを提供していることです。これまでも存在したレシートという紙媒体を活用しつつ、新たな顧客接点を提示・提供している点が特徴的ですね。
レシートのQRコードスキャンもクレジットカードと同様に、いずれ「知覚価値」が「知覚リスク」を上回り、その行為が当たり前となっていくでしょう。そして、利用することで得られるメリットを理解したり、多くの人が同様の行為を行っている様を目にしたりすることで、群集心理的状態(人が集まることで他の人たちにも影響を与え、同調圧力が生まれる状態)が形成されていきます。こうして、新しい顧客とのつながりやビジネスの種が生まれていくのです。