正しく数字を読むには全体プロセスの把握から
マーケティング活動から売上までの流れを理解する
正しく数字を読むために必ずやらなければならないことがあります。それは全体プロセスの把握です。ここでいう全体プロセスとは、マーケティング活動から売上に至る一連のプロセスのことです。例として、図1を見てください。
ブランド認知が拡大することにより、見込み顧客の獲得数が増加します。見込み顧客の獲得数が増加すると、新規受注数が増えます。そして新規受注数が増えることで、リピート顧客の売上が増加するのです。
このように各プロセスがつながり合うように、売上に至るまでの流れを整理することが重要です。しかし、この全体プロセスが役割ごとに分断されているケースが多く、横断して把握しにくいといえます(図2)。
モノづくりの世界から見るプロセス管理の重要性
モノづくりの世界で考えてみると、生産現場では製造プロセスがあり、各プロセスの在庫状況やリードタイムなど、様々な指標を測定し、可視化しています。どこかのプロセスだけが分断されて、生産状況がよくわからないということはないと思います。
また、製造プロセスに沿って適切な人員配置が行われ、個々が数値目標に責任を持って業務にあたります。そして、限られたリソースで生産能力を最大化させるべく、プロセス内のボトルネックを分析し、各プロセスでの作業を定義しています。
このような、これまで日本がリードしてきたモノづくりの世界における高度なプロセスマネジメントのノウハウにこそ、マーケティングの生産性を大幅に向上させるヒントがあります。全体プロセスが設計されていないマーケティングは、まさに設計図のない工場でモノづくりをしているような状況といえます(図3)。
全体プロセスと数字の関係
目標数値は全体プロセスから考える
プロセスを進めるための各作業が、マーケティングではコミュニケーションという形で進められます。モノづくりの世界では、各プロセスの作業はロボットが行っていることもあれば、人が行っている場合もあるでしょう。
いずれにせよ、そこには必ず数値目標があり、誰かが責任を持って監督しているはずです。今日は10個、明日は50個と、個人がその日の気分で作業をして帰るということはないでしょう。その前提として、全体プロセスを把握し、測定可能な状態になっていないといけません。測定するからこそ、目標数値や課題が設定できるわけです。
マーケティングにおいては、マーケティングから売上に至るまでのプロセス設計が測定の前提になります。各プロセスの担当者は、今月中に何件の顧客データを次のプロセスへ送り込まなければならないのか。その結果、どれだけ売上が上がるか。このように、プロセスを把握したうえで、数字に責任を持って業務に取り組む必要があります(図4)。
数字が明確になると仕事の好循環を生む
筆者は以前、ある顧客から「メールのクリック率が20%上がれば、この領域の売上を10%伸ばすことができます」という明快な説明を受けたことがあります。ここでは、メールのクリック率が売上に関連した重要な指標として利用されています。全体プロセスが把握できていないとこのような答えは導き出せません。しかも、これがトップを含めた全社の共通認識として持たれていました。
これは素晴らしいことです。数値目標が明確に設定されているので、担当者は相応のプレッシャーがあるわけですが、一方で正当に評価されるわけですから、当然やる気が出るでしょう。すると、仕事も工夫され、洗練されてきます。数値が下がれば売上の下落に直結するので、状況が悪いときはまわりも協力してくれます。全体プロセスを把握し、数字で説明できると、このような素晴らしい循環が生まれるのです。
上記のように、全体プロセスを把握することで得られるメリットは大きいといえます。これには複雑な数式も専門知識も不要で、誰でもチャレンジできます。最初から緻密な設計をする必要もありません。ざっくりと全体像を把握することから始めていきましょう。
マーケティングにおけるプロセス設計
詳しくは後述しますが、マーケティング担当者は、1つの施策が会社の成長にどのように貢献するのかを説明できなければなりません。このときに数字的な根拠を持っていると、日々の業務において「今やらなければならないこと」がクリアになり、誰もが納得する形でマーケティングを推進できます。
これを実現することは簡単ではありませんが、ここを避けようとすると、ゴールと地図のない山登りをしているような状態が続きます。いずれ息切れを起こしてしまうでしょう。何事にも必要なのは、明確な目標と、その目標を達成するためのロードマップです。それを定めるための第一歩が、プロセス設計になるのです。
本章ではプロセス設計を通じて、改善や注力するポイントを見極める方法について学習します。また次章以降では、具体的な目標や目的の設定、さらに人員の配置や予算配分など、具体的なプランを数字として説明できるようになる方法を説明していきます。次節では、対面でのセールスが絡むBtoBのビジネスを例として、全体プロセスの設計から具体的なプラン作成まで解説していきます。この方法はあらゆるビジネスモデルに応用でき、本章の後半ではECサイトなどの事例も取り上げています。
全体プロセスを整理する
認知拡大からセールス活動開始まで
マーケティングのプロセスはどのように進むか、まず整理してみましょう(図5)。
第一段階として、ブランドや商品を知ってもらう認知拡大のプロセスがあります。BtoBでのマーケティングでいえば、商品の展示会やセミナー、オンライン広告やTVCMなどが該当します。
認知が拡大すると、見込み顧客リストを作成するために、名刺やオンライン登録で個人情報の収集を行います。収集したリストの中から有望な見込み顧客を選別し、セールス担当者に引き渡します。製造プロセスでは前工程と呼ばれるような段階です。
その後セールス担当者は商談化を目指し、セールス活動を行っていきます。これは製造プロセスの後工程と考えることができます。
全体プロセスを設計する方法
プロセスを描いてみる
ここから、インサイドセールスも含めた全体プロセスの描き方について解説していきます。プロセスは前から後ろへの一方通行ではありません。そこで、「迂回路」や「デッドエンド」の概念や意味についても説明します。
全体プロセスは、ぜひマーケティングチームで実際に描いてみてください。チームでワイワイと、ホワイトボードなどに手描きしてみるとよいでしょう。
まずは、大まかな全体プロセスを整理します。ここでは図6のようにしました。
全体プロセスの大まかな整理ができたら、各プロセスの定義をする作業に移ります。最初から完璧なものでなくても結構ですが、大切なのは数字として測定可能な定義にすることです。例えば「購買に興味を持つ」というような曖昧なものをプロセスとして設定することは避けます。
現在は測定していないものでも、測定可能なものは含めて構いません。今後取得していかなければならない数字を浮かび上がらせるのはとても重要なことです。
例として、図6の各プロセスを表1のように定義しました。
全体プロセスを有効活用するためのルート設定
「成功パス」と「ファストパス」
図6で示したプロセスは、受注に向けて順調にプロセスを進んでいる顧客が通るルートなので「成功パス」と呼びます。中には飛び級で前のプロセスへ進む顧客もいますが、その場合は「ファストパス」と呼びます。例えば、どうしても取引をしたい企業が見込み顧客にリストアップされて、セールスチームがいち早く特別対応するようなケースです。
「迂回路」と「デッドエンド」
しかし、実際のプロセスは前に進んでいくだけではないでしょう。そこで、いくつかのプロセスを加えていきます。
成功パスをいったん離れてまた戻るルートや、2度と成功パスに戻ってこないルートを付け足します。前者のルートのことを「迂回路」、後者のルートを「デッドエンド(行き止まり)」と呼びます。例えば、一度アポイントを取得したけれど、商談化はしなかった見込み顧客がいたとします。このケースは迂回路を設定し、見込み顧客育成のプロセスに戻して、リマーケティングの対象としましょう。工場などで行われるリサイクルと同様のプロセスです。
多くのマーケティング担当者が見落としているケースが多いのがこの迂回路の設計です。図7に、迂回路やデッドエンドを加えた全体プロセスを示します。
図7に新たに加えたプロセスについて、簡単に説明します。
ファストパス
早めにフォローしたい見込み顧客がいると想定し、アポイントをすぐに取得するファストパスを加えました。
迂回路
アポイントや商談まで進んだが、受注に至らなかった顧客が通るルートです。ここでは「リサイクル」というプロセスを通るようにしました。
デッドエンド
見込み顧客としてフォローする必要がない顧客を選別するためのルートです。「育成対象外」と「不適格」という2つのプロセスを加えました。
あらためて、各プロセスを表2に定義してみます。ここで定義した各プロセスの定義が、プロセス全体の測定計画となります。
表2にBANT条件と書きましたが、これはBudget(予算)、Authority(決裁権)、Needs(必要性)、Timeframe(導入時期)のことです。これら4つをヒアリングすることで、顧客の有望度合いを見極めることができます。
最近ではこの見極めを自動化するために、マーケティングオートメーションというシステムが注目されています。マーケティングオートメーションでは、顧客の有望度合いをスコア化し、一定のスコアを超えた見込み顧客を有望とみなします。これにより、インサイドセールスを効率よくフォローできるのです。
マーケティングが責任を持つ数字は?
マーケティングチームは、有望見込み顧客を何人生み出すかについて責任を持ちます。インサイドセールスはアポイント件数や商談の作成数、セールスは商談数からの受注率や受注数に責任を負います。それぞれの管轄が数字に責任を持つことで、プロセスは初めて機能するのです。
セールスが受注件数の目標を設定するのは一般的ですが、マーケティングチームが有望見込み顧客の目標数を設定するケースはまだまだ少ないといえます。これはモノづくりでいえば、パーツの供給には責任を持たず、組み立て担当者だけが責任を負わされている状態と同じことです。責任の面だけではなく、目標の数字がなければ仕事に対する評価もしにくいでしょう。
このように全部門が数字に責任を持つことで、お互いがフィードバックを始めます。「もっと研磨されたパーツを前工程で作ってくれたら、後工程の組み立てがさらに速くなる」のようなことです。これはセールスとマーケティングの関係でも同じです。「より質の高い見込み顧客が供給されれば、もっと受注できる」といった具合です。モノづくりにおける検品作業とまったく同じです。
この検品の基準として、リードスコアリングが活用されています。サービスの提供者と利用者の間で結ばれるSLA(Service Level Agreement:サービス水準合意)というものがありますが、「マーケティングとセールスチームのSLA」を設定するような感覚です。例えば、以下のような点で合意をします。
- マーケティングチームは、○○の基準をクリアした見込み顧客を毎月○○件、セールスチームに供給する
- セールスチームは、受け取った見込み顧客を○○日以内にフォローアップし、○○%受注する。
この見込み顧客の基準を数値化するために、リードスコアリングという機能が使われます。最近ではリードスコアリングにも人工知能の技術が活用されてきており、システムによる予測的なスコアリングを活用する企業も出てきています。このような人工知能の活用も、プロセス設計があって初めて機能するといえます。リードスコアリングについては第6章でも詳しく解説します。
迂回路設計の重要性
成功パスしか考えない危険性
図8は受注目標を300件と定めた場合に必要な見込み顧客数を計算したものです。見込み顧客から受注までのコンバージョン率(遷移率)が1%低下するごとに、必要な見込み顧客数が急増していくのがわかると思います。
これは、成功パスのみで迂回路が設計されていないプロセスにおいて、時間経過とともによく陥るケースです。
新商品に対してマーケティングを始めた頃は、新規の見込み顧客が購入まで順調に進み、売上が伸びていきます。しかし、次第に商品に強いニーズを持った顧客の購買が一巡し、新規見込み顧客の獲得効率低下と受注へ至るコンバージョン率の低下がダブルパンチで襲いかかり、マーケティングの効率が大幅に低下することがよく起きます。
そもそも新規で獲得したリードのうち、すぐに商談になるのは全体の1割程度しかないといわれています。1/4はすでにパートナーであったり、学生や競合であるなど、将来的にも購買に至らない層です。残りの65%は「将来的に購買の可能性はあるが、今すぐではない」というデータがあります(図9)。
図8のケースでいえば、同じ300件を受注するのにAとCでは1億4,000万円のコスト差が出てきます。
成功パスだけしか設計されていないと、当初は新規の見込み顧客に対応するだけで精一杯の状態が続き、前のプロセスへ進めなかった見込み顧客は放置されていきます。放置されている間に、見込み顧客は他社の商品を購入したり、次第に興味を失ったりするでしょう。そうすると、せっかく獲得した見込み顧客がムダになり、新規獲得頼みになってしまいます。上記の計算からもわかるように、マーケティングは非常に苦しい局面を迎えます。
裏を返すと、先ほどのデータでいえば65%のリードは、時間がかかっても、まだ戻ってくる可能性があるといえます。つまり、マーケティング開始からの時間経過とともに、未受注の見込み顧客に対してのリマーケティングの重要性が増してきます(図10)。
迂回路によってリマーケティングが可能に
そこで、迂回路が役立ちます。新規見込み顧客の獲得だけに依存せず、「プロセス内に残存しているユーザーをリマーケティングして再活用する」という考え方が非常に重要なのです。
例えば、一度アポイントが取れて商談までしたが、予算やタイミングの問題で受注に至らなかった見込み顧客がいたとします。しかも、新規見込み顧客の対応でセールス担当は忙しく、なかなかフォローできない。このような状況では、マーケティングチームが次のようなサポートをする必要があります。継続的に興味を高めるために顧客とのタッチポイント(接点)を構築し、コンバージョン率の低下を防止します。具体的には、リターゲティング広告やソーシャルネットワーク、メールマーケティングなどを用います。
受注前の顧客データをいかに獲得し、リサイクルするか。この重要性を理解しておかなければなりません。この点については、後ほど詳しく説明します。
基本指標は「2種類の顧客数」と「コンバージョン率」
顧客数は2つに分けて考える
全体プロセスを描いた後は、各プロセスの数値をわかる範囲で加えていきます。顧客数から書き始めるのがよいですが、その際に2つの数字を使います。
1つは、各プロセスを通過した顧客数であるフローです。もう1つは、各プロセスで滞留している顧客数である残高です。この2つの指標を設けることで、顧客の流れと、リサイクルできる可能性がある見込み顧客の両方を把握できます。他にもプロセスマネジメントにおいて重要な指標があります。
前後関係がわかりにくいプロセス設計をしてしまうと、フローと残高の算出が非常に難しくなります。各プロセスは、一連の動きとして見えるように設計しましょう。複雑なものは一見、完成度が高いように見えますが、実際に使えなくては役に立ちません。わかりにくいと感じたら、シンプルにする方がよいです。
コンバージョン率を計算する
フローと残高の把握ができたら、各プロセスのコンバージョン率(遷移率)を計算してみましょう。コンバージョン率は、何パーセントの顧客が次のステージへ移動したか、という数字です。本来であれば、プロセス間の流入と流出、期間を加味する必要があり、やや複雑な測定と計算が必要になります。
本書ではシンプルにするために、下記の計算式でコンバージョン率を求めます。これでも十分に傾向を押さえられると思います。
コンバージョン率 = (後プロセスのフロー数/前プロセスのフロー数) × 100
ここまでの指標を、図12に記載しました。フローと残高の両方を記載し、成功パス、迂回路、デッドエンドの関係性もわかりやすいように分けています。迂回路のリサイクルは残高としてストックされず、そのまま見込み顧客育成プロセスへ加算されるようにしています。また、デッドエンドは行き止まりなので、残高のみ記載しています。
見えていない数字を常にチェックする
プロセス設計の図から、現状は見えていない数値を把握することができます。全体プロセスを把握するうえで、現在見えている数字・見えていない数字を確認しましょう。この段階では、不明な数字はだいたいこの程度だろうという程度で構いません。