正しく数字を読むには全体プロセスの把握から
マーケティング活動から売上までの流れを理解する
正しく数字を読むために必ずやらなければならないことがあります。それは全体プロセスの把握です。ここでいう全体プロセスとは、マーケティング活動から売上に至る一連のプロセスのことです。例として、図1を見てください。
ブランド認知が拡大することにより、見込み顧客の獲得数が増加します。見込み顧客の獲得数が増加すると、新規受注数が増えます。そして新規受注数が増えることで、リピート顧客の売上が増加するのです。
このように各プロセスがつながり合うように、売上に至るまでの流れを整理することが重要です。しかし、この全体プロセスが役割ごとに分断されているケースが多く、横断して把握しにくいといえます(図2)。
モノづくりの世界から見るプロセス管理の重要性
モノづくりの世界で考えてみると、生産現場では製造プロセスがあり、各プロセスの在庫状況やリードタイムなど、様々な指標を測定し、可視化しています。どこかのプロセスだけが分断されて、生産状況がよくわからないということはないと思います。
また、製造プロセスに沿って適切な人員配置が行われ、個々が数値目標に責任を持って業務にあたります。そして、限られたリソースで生産能力を最大化させるべく、プロセス内のボトルネックを分析し、各プロセスでの作業を定義しています。
このような、これまで日本がリードしてきたモノづくりの世界における高度なプロセスマネジメントのノウハウにこそ、マーケティングの生産性を大幅に向上させるヒントがあります。全体プロセスが設計されていないマーケティングは、まさに設計図のない工場でモノづくりをしているような状況といえます(図3)。
全体プロセスと数字の関係
目標数値は全体プロセスから考える
プロセスを進めるための各作業が、マーケティングではコミュニケーションという形で進められます。モノづくりの世界では、各プロセスの作業はロボットが行っていることもあれば、人が行っている場合もあるでしょう。
いずれにせよ、そこには必ず数値目標があり、誰かが責任を持って監督しているはずです。今日は10個、明日は50個と、個人がその日の気分で作業をして帰るということはないでしょう。その前提として、全体プロセスを把握し、測定可能な状態になっていないといけません。測定するからこそ、目標数値や課題が設定できるわけです。
マーケティングにおいては、マーケティングから売上に至るまでのプロセス設計が測定の前提になります。各プロセスの担当者は、今月中に何件の顧客データを次のプロセスへ送り込まなければならないのか。その結果、どれだけ売上が上がるか。このように、プロセスを把握したうえで、数字に責任を持って業務に取り組む必要があります(図4)。
数字が明確になると仕事の好循環を生む
筆者は以前、ある顧客から「メールのクリック率が20%上がれば、この領域の売上を10%伸ばすことができます」という明快な説明を受けたことがあります。ここでは、メールのクリック率が売上に関連した重要な指標として利用されています。全体プロセスが把握できていないとこのような答えは導き出せません。しかも、これがトップを含めた全社の共通認識として持たれていました。
これは素晴らしいことです。数値目標が明確に設定されているので、担当者は相応のプレッシャーがあるわけですが、一方で正当に評価されるわけですから、当然やる気が出るでしょう。すると、仕事も工夫され、洗練されてきます。数値が下がれば売上の下落に直結するので、状況が悪いときはまわりも協力してくれます。全体プロセスを把握し、数字で説明できると、このような素晴らしい循環が生まれるのです。
上記のように、全体プロセスを把握することで得られるメリットは大きいといえます。これには複雑な数式も専門知識も不要で、誰でもチャレンジできます。最初から緻密な設計をする必要もありません。ざっくりと全体像を把握することから始めていきましょう。
マーケティングにおけるプロセス設計
詳しくは後述しますが、マーケティング担当者は、1つの施策が会社の成長にどのように貢献するのかを説明できなければなりません。このときに数字的な根拠を持っていると、日々の業務において「今やらなければならないこと」がクリアになり、誰もが納得する形でマーケティングを推進できます。
これを実現することは簡単ではありませんが、ここを避けようとすると、ゴールと地図のない山登りをしているような状態が続きます。いずれ息切れを起こしてしまうでしょう。何事にも必要なのは、明確な目標と、その目標を達成するためのロードマップです。それを定めるための第一歩が、プロセス設計になるのです。
本章ではプロセス設計を通じて、改善や注力するポイントを見極める方法について学習します。また次章以降では、具体的な目標や目的の設定、さらに人員の配置や予算配分など、具体的なプランを数字として説明できるようになる方法を説明していきます。次節では、対面でのセールスが絡むBtoBのビジネスを例として、全体プロセスの設計から具体的なプラン作成まで解説していきます。この方法はあらゆるビジネスモデルに応用でき、本章の後半ではECサイトなどの事例も取り上げています。
全体プロセスを整理する
認知拡大からセールス活動開始まで
マーケティングのプロセスはどのように進むか、まず整理してみましょう(図5)。
第一段階として、ブランドや商品を知ってもらう認知拡大のプロセスがあります。BtoBでのマーケティングでいえば、商品の展示会やセミナー、オンライン広告やTVCMなどが該当します。
認知が拡大すると、見込み顧客リストを作成するために、名刺やオンライン登録で個人情報の収集を行います。収集したリストの中から有望な見込み顧客を選別し、セールス担当者に引き渡します。製造プロセスでは前工程と呼ばれるような段階です。
その後セールス担当者は商談化を目指し、セールス活動を行っていきます。これは製造プロセスの後工程と考えることができます。
全体プロセスを設計する方法
プロセスを描いてみる
ここから、インサイドセールスも含めた全体プロセスの描き方について解説していきます。プロセスは前から後ろへの一方通行ではありません。そこで、「迂回路」や「デッドエンド」の概念や意味についても説明します。
全体プロセスは、ぜひマーケティングチームで実際に描いてみてください。チームでワイワイと、ホワイトボードなどに手描きしてみるとよいでしょう。
まずは、大まかな全体プロセスを整理します。ここでは図6のようにしました。
全体プロセスの大まかな整理ができたら、各プロセスの定義をする作業に移ります。最初から完璧なものでなくても結構ですが、大切なのは数字として測定可能な定義にすることです。例えば「購買に興味を持つ」というような曖昧なものをプロセスとして設定することは避けます。
現在は測定していないものでも、測定可能なものは含めて構いません。今後取得していかなければならない数字を浮かび上がらせるのはとても重要なことです。
例として、図6の各プロセスを表1のように定義しました。
全体プロセスを有効活用するためのルート設定
「成功パス」と「ファストパス」
図6で示したプロセスは、受注に向けて順調にプロセスを進んでいる顧客が通るルートなので「成功パス」と呼びます。中には飛び級で前のプロセスへ進む顧客もいますが、その場合は「ファストパス」と呼びます。例えば、どうしても取引をしたい企業が見込み顧客にリストアップされて、セールスチームがいち早く特別対応するようなケースです。
「迂回路」と「デッドエンド」
しかし、実際のプロセスは前に進んでいくだけではないでしょう。そこで、いくつかのプロセスを加えていきます。
成功パスをいったん離れてまた戻るルートや、2度と成功パスに戻ってこないルートを付け足します。前者のルートのことを「迂回路」、後者のルートを「デッドエンド(行き止まり)」と呼びます。例えば、一度アポイントを取得したけれど、商談化はしなかった見込み顧客がいたとします。このケースは迂回路を設定し、見込み顧客育成のプロセスに戻して、リマーケティングの対象としましょう。工場などで行われるリサイクルと同様のプロセスです。
多くのマーケティング担当者が見落としているケースが多いのがこの迂回路の設計です。図7に、迂回路やデッドエンドを加えた全体プロセスを示します。
図7に新たに加えたプロセスについて、簡単に説明します。
ファストパス
早めにフォローしたい見込み顧客がいると想定し、アポイントをすぐに取得するファストパスを加えました。
迂回路
アポイントや商談まで進んだが、受注に至らなかった顧客が通るルートです。ここでは「リサイクル」というプロセスを通るようにしました。
デッドエンド
見込み顧客としてフォローする必要がない顧客を選別するためのルートです。「育成対象外」と「不適格」という2つのプロセスを加えました。
あらためて、各プロセスを表2に定義してみます。ここで定義した各プロセスの定義が、プロセス全体の測定計画となります。
表2にBANT条件と書きましたが、これはBudget(予算)、Authority(決裁権)、Needs(必要性)、Timeframe(導入時期)のことです。これら4つをヒアリングすることで、顧客の有望度合いを見極めることができます。
最近ではこの見極めを自動化するために、マーケティングオートメーションというシステムが注目されています。マーケティングオートメーションでは、顧客の有望度合いをスコア化し、一定のスコアを超えた見込み顧客を有望とみなします。これにより、インサイドセールスを効率よくフォローできるのです。
マーケティングが責任を持つ数字は?
マーケティングチームは、有望見込み顧客を何人生み出すかについて責任を持ちます。インサイドセールスはアポイント件数や商談の作成数、セールスは商談数からの受注率や受注数に責任を負います。それぞれの管轄が数字に責任を持つことで、プロセスは初めて機能するのです。
セールスが受注件数の目標を設定するのは一般的ですが、マーケティングチームが有望見込み顧客の目標数を設定するケースはまだまだ少ないといえます。これはモノづくりでいえば、パーツの供給には責任を持たず、組み立て担当者だけが責任を負わされている状態と同じことです。責任の面だけではなく、目標の数字がなければ仕事に対する評価もしにくいでしょう。
このように全部門が数字に責任を持つことで、お互いがフィードバックを始めます。「もっと研磨されたパーツを前工程で作ってくれたら、後工程の組み立てがさらに速くなる」のようなことです。これはセールスとマーケティングの関係でも同じです。「より質の高い見込み顧客が供給されれば、もっと受注できる」といった具合です。モノづくりにおける検品作業とまったく同じです。
この検品の基準として、リードスコアリングが活用されています。サービスの提供者と利用者の間で結ばれるSLA(Service Level Agreement:サービス水準合意)というものがありますが、「マーケティングとセールスチームのSLA」を設定するような感覚です。例えば、以下のような点で合意をします。
- マーケティングチームは、○○の基準をクリアした見込み顧客を毎月○○件、セールスチームに供給する
- セールスチームは、受け取った見込み顧客を○○日以内にフォローアップし、○○%受注する。
この見込み顧客の基準を数値化するために、リードスコアリングという機能が使われます。最近ではリードスコアリングにも人工知能の技術が活用されてきており、システムによる予測的なスコアリングを活用する企業も出てきています。このような人工知能の活用も、プロセス設計があって初めて機能するといえます。リードスコアリングについては第6章でも詳しく解説します。
迂回路設計の重要性
成功パスしか考えない危険性
図8は受注目標を300件と定めた場合に必要な見込み顧客数を計算したものです。見込み顧客から受注までのコンバージョン率(遷移率)が1%低下するごとに、必要な見込み顧客数が急増していくのがわかると思います。
これは、成功パスのみで迂回路が設計されていないプロセスにおいて、時間経過とともによく陥るケースです。
新商品に対してマーケティングを始めた頃は、新規の見込み顧客が購入まで順調に進み、売上が伸びていきます。しかし、次第に商品に強いニーズを持った顧客の購買が一巡し、新規見込み顧客の獲得効率低下と受注へ至るコンバージョン率の低下がダブルパンチで襲いかかり、マーケティングの効率が大幅に低下することがよく起きます。
そもそも新規で獲得したリードのうち、すぐに商談になるのは全体の1割程度しかないといわれています。1/4はすでにパートナーであったり、学生や競合であるなど、将来的にも購買に至らない層です。残りの65%は「将来的に購買の可能性はあるが、今すぐではない」というデータがあります(図9)。
図8のケースでいえば、同じ300件を受注するのにAとCでは1億4,000万円のコスト差が出てきます。
成功パスだけしか設計されていないと、当初は新規の見込み顧客に対応するだけで精一杯の状態が続き、前のプロセスへ進めなかった見込み顧客は放置されていきます。放置されている間に、見込み顧客は他社の商品を購入したり、次第に興味を失ったりするでしょう。そうすると、せっかく獲得した見込み顧客がムダになり、新規獲得頼みになってしまいます。上記の計算からもわかるように、マーケティングは非常に苦しい局面を迎えます。
裏を返すと、先ほどのデータでいえば65%のリードは、時間がかかっても、まだ戻ってくる可能性があるといえます。つまり、マーケティング開始からの時間経過とともに、未受注の見込み顧客に対してのリマーケティングの重要性が増してきます(図10)。
迂回路によってリマーケティングが可能に
そこで、迂回路が役立ちます。新規見込み顧客の獲得だけに依存せず、「プロセス内に残存しているユーザーをリマーケティングして再活用する」という考え方が非常に重要なのです。
例えば、一度アポイントが取れて商談までしたが、予算やタイミングの問題で受注に至らなかった見込み顧客がいたとします。しかも、新規見込み顧客の対応でセールス担当は忙しく、なかなかフォローできない。このような状況では、マーケティングチームが次のようなサポートをする必要があります。継続的に興味を高めるために顧客とのタッチポイント(接点)を構築し、コンバージョン率の低下を防止します。具体的には、リターゲティング広告やソーシャルネットワーク、メールマーケティングなどを用います。
受注前の顧客データをいかに獲得し、リサイクルするか。この重要性を理解しておかなければなりません。この点については、後ほど詳しく説明します。
基本指標は「2種類の顧客数」と「コンバージョン率」
顧客数は2つに分けて考える
全体プロセスを描いた後は、各プロセスの数値をわかる範囲で加えていきます。顧客数から書き始めるのがよいですが、その際に2つの数字を使います。
1つは、各プロセスを通過した顧客数であるフローです。もう1つは、各プロセスで滞留している顧客数である残高です。この2つの指標を設けることで、顧客の流れと、リサイクルできる可能性がある見込み顧客の両方を把握できます。他にもプロセスマネジメントにおいて重要な指標があります。
前後関係がわかりにくいプロセス設計をしてしまうと、フローと残高の算出が非常に難しくなります。各プロセスは、一連の動きとして見えるように設計しましょう。複雑なものは一見、完成度が高いように見えますが、実際に使えなくては役に立ちません。わかりにくいと感じたら、シンプルにする方がよいです。
コンバージョン率を計算する
フローと残高の把握ができたら、各プロセスのコンバージョン率(遷移率)を計算してみましょう。コンバージョン率は、何パーセントの顧客が次のステージへ移動したか、という数字です。本来であれば、プロセス間の流入と流出、期間を加味する必要があり、やや複雑な測定と計算が必要になります。
本書ではシンプルにするために、下記の計算式でコンバージョン率を求めます。これでも十分に傾向を押さえられると思います。
コンバージョン率 = (後プロセスのフロー数/前プロセスのフロー数) × 100
ここまでの指標を、図12に記載しました。フローと残高の両方を記載し、成功パス、迂回路、デッドエンドの関係性もわかりやすいように分けています。迂回路のリサイクルは残高としてストックされず、そのまま見込み顧客育成プロセスへ加算されるようにしています。また、デッドエンドは行き止まりなので、残高のみ記載しています。
見えていない数字を常にチェックする
プロセス設計の図から、現状は見えていない数値を把握することができます。全体プロセスを把握するうえで、現在見えている数字・見えていない数字を確認しましょう。この段階では、不明な数字はだいたいこの程度だろうという程度で構いません。
マーケティングプロセスで数字遊びをする
プロセス全体のボトルネックを把握する
コンバージョン率の計算ができたら、当面の目標となる数値を加えてみましょう。各プロセスに必要な残高数を把握することができます。
また、プロセス全体の数字を見て、ボトルネックとなっているプロセスがないか分析してみましょう。モノづくりの世界でも、このボトルネックの分析に専門のデータ分析チームを置いていることがあります。どのプロセスのボトルネックを排除すれば、どの程度スループットが上がるのか、といった計算やデータ分析を日常的に行っています。コンバージョン率を改善することができれば、マーケティングをより効率的に展開できるポイントはないでしょうか。
ここでは、全体を俯瞰して把握できれば十分です。ボトルネックを改善した場合、どのように数字が変わってくるのか。様々なシミュレーションを行ってみてください。思いっきり「数字遊び」をすることで、数字感覚を養うことができます。「こんな数字になれば理想的だなあ」と想像しながら、数字を動かしてみてください。
コンバージョン率改善のシミュレーション
例えば、以下のコンバージョン率を20%改善した場合のシミュレーションを見てみましょう(図13)。
- 見込み顧客獲得プロセスから見込み顧客育成プロセスへのコンバージョン率:70% → 84%
- 見込み顧客育成プロセスから有望見込み顧客プロセスへのコンバージョン率:20% → 24%
この2つのプロセスを20%ずつ改善すれば、受注件数が約80件増加し、マーケティング効率を大幅に引き上げることができます。
上記のような数字遊びから、改善インパクトが大きいプロセスを見定めて、注力するポイントを絞り込みます。
改善インパクトが大きいものの探し方
後半プロセスの母数が大きいもの
注力するポイントを探る際に役立つ考え方として、後半にあるプロセスで母数が大きいものから着手するという方法があります。プロセスが後半に進むほど、見込み顧客が自社のサービスに接触した可能性や回数が高まります。ひょっとすると、すでに購入したことがあるかもしれません。つまり自社のサービスや商品に好意を抱いている可能性が高いといえます。
まずは後半のプロセスから改善することを検討してみてください。ただし、母数には注意します。母数が小さいと改善効果のインパクトも小さいためです。
図13のように、後半のプロセスのコンバージョン率が良好な場合は、見込み顧客育成プロセスから有望見込み顧客プロセスへのコンバージョン率改善が大きなポイントになります。
残高が多いプロセスは分割する
残高が多すぎる箇所については分割することも検討します。例えば、見込み顧客育成のプロセスを3つに分けて、「興味なし」「興味あり」「検討中」というステージを設けてみます。このような分割をする際には、時間軸を活用できます。1週間以内にウェブやメールでなんらかの活動をしているのであれば、今まさに検討している可能性があります。一方で、3カ月以上何の行動も見られないのであれば、興味がない状態と考えられます。
このような分割をするには、顧客1人1人のウェブやメールの行動を取得しておかなければなりません。現在のマーケティングでは、こういった行動トラッキングができているのとできていないのとでは、改善ポイントやボトルネックの細分化において大きな差が出てきます。
作業量に注目
もう1つの切り口は作業量です。ECサイトの運営であれば、決済システムの改修など、あまりにも作業量が大きいものは長期的な課題として取り組まなければなりません。
また、作業量と期間は密接な関係にあります。改善するためにどのくらいの期間が必要なのか、短期・中期・長期で分けて考えましょう。ビジネスインパクトが大きく、短期的に改善できそうなものから着手するのが定石です。一方、インパクトが大きくても、長期的な取り組みが必要になるものに関しては、ロードマップを作成してじっくり改善していく必要があります。
優先順位の見極めができるようになるためにも、ボトルネックを把握することは大切です。原因の詳細を分析する方法や、改善策を実行プランへ落とし込む方法については後述します。
コミュニケーションとチャネル
プロセスを動かすチャネル
本書におけるチャネルの定義
モノづくりの世界ではプロセスを前に進めるために、加工や組み立ての作業など、様々な作業カテゴリが存在します。それは人が行うこともあれば、システムやロボットが担うこともあると思います。
一方、マーケティングではプロセスを前に進めるために「コミュニケーション」を利用します。コミュニケーションにも様々なカテゴリがあり、電話のように人が行うこともあれば、システムが自動的に行うタイプのものもあります。
本書では、この各種コミュニケーションのことを「チャネル」と呼びます。マーケティングの世界では、チャネルをコミュニケーション・チャネル、流通チャネル、販売チャネルの3種類に分類するのが主流かもしれません。しかし、本書でチャネルという言葉が出てきたら、「顧客とのコミュニケーション手段」のことだと考えてください。
チャネルをマッピングする意味
企業によっては、チャネルごとに独立したマーケティングチームが存在する場合があるでしょう。例えば、メールマーケティングだけを専門に担うチームや、オンライン広告専門のチームなどに分かれているケースです。
チャネルを全体プロセスにマッピングをしておけば、お互いに関係性を理解でき、目標と責任を共有できます。組織運営も円滑になるでしょう。どのようなマーケティング活動においても、各チャネルが全体プロセスの中のどの部分で貢献しているのか、理解しておく必要があります。
プロセスごとにチャネルを整理する
ここからは、チャネルを全体プロセスにマッピングした例を見てみましょう。図14をもとに説明していきます。
認知拡大と見込み顧客獲得のフェーズでは、展示会やオンライン広告、SNSが利用されています。その後、セミナーやメールマガジンなどを活用して、見込み顧客を有望見込み顧客に育てています。
プロセスでチャネルを見る利点
このようにプロセスごとに利用されているチャネルを整理していきます。その際に意識してほしいのが、「各チャネルがプロセス間でどのように貢献しているのか」という点をはっきりさせることです。
オンライン広告であれば、認知拡大プロセスから新規見込み顧客プロセスをつなぐ役割として機能しています。プロセス内での役割としては、新規見込み顧客の獲得がゴールになります。
獲得した見込み顧客が受注まで至ったかは気になりますが、ここではプロセス内の役割だけを整理します。これはトラッキングしないという意味ではなく、あくまでもチャネルの役割を明確にすることが目的ということです。
さらにもう1つ理由があります。オンライン広告のゴールを受注としてしまうと、BtoBなど高額商材かつ人的販売が絡むビジネスの場合、ゴールの母数がかなり小さくなる可能性があります。ゴールの母数が小さすぎると、評価する際に比較が難しくなります。
また、受注までの期間が長期化することで、改善のアクションを取るのが遅れるかもしれません。中間指標にゴールを置くことで母数が増え、比較がしやすくなり、短期的に改善しやすいというメリットがあります。
プロセスを横断するチャネルの注意点
オンライン広告やSNSなど、プロセスを横断して利用しているチャネルでは、プロセスごとに目的が異なるプケースがあると思います。例えば、新規見込み顧客を獲得する目的で利用されている場合と、見込み顧客の育成を目的としている場合ではゴールが異なるはずです。
そのようなときは、同じオンライン広告でも別のチャネルとして管理するようにしてください。
チャネル内のプロセスを設計する
チャネルのマッピングを終えたら、チャネルごとにプロセスを考えましょう。これを行うことで、作業レベルの改善策までかなり具体的に見えてきます。
ゴールから考える
まずは、チャネルごとのゴールを設定します。ECサイトの運営を例に挙げると、オンライン広告の目的は見込み顧客の獲得ではなく、商品購入です。先ほどと違うことを言っているようですが、ECサイトのオンライン広告では、短期的に商品購入のプロセスまで進む可能性が高く、比較できる母数も確保できるためです。
そして、商品購入に至るまでのプロセスとして、「オンライン広告をクリックする→サイトへ訪問する→サイトを回遊する→カートへ商品を入れる→決済する」というように、ゴールまでのプロセスを定義します(図15)。
チャネルのプロセス改善の考え方
各マーケティング施策を評価する際は、チャネルごとに同一の評価指標を持っておくと、どの施策が効果的に働いたかを評価しやすくなります。
例えば、工場内である組み立ての作業カテゴリがあり、4名の作業員が同一の作業をするとします。組み立ては主にAからDまでの4つのプロセスを順番に行うとしましょう。プロセスDまで進んだら、次の作業プロセスに引き渡されます。プロセスDに30個進めるのが目標となります。このプロセス内のフローと残高をまとめると、表3のようになります。
最も作業効率がよいのは山田さんということがわかります。鈴木さんと佐藤さんも目標を達成していますが、プロセスCで作業が停滞しています。鈴木さんと佐藤さんには、山田さんの行っているプロセスCの作業を勉強してもらうか、山田さんに作業マニュアルを見直してもらうなどすると改善できそうです。
また、次のようなケースも考えてみましょう。鈴木さんか佐藤さんを別の作業へ異動させないといけなくなり、どちらを残すか選ばなければなりません。表をよく見ると、佐藤さんは同じ作業をしている他の人に比べ、多くの個数をこなしています。このことから、プロセスCが改善した場合によりよい結果を残せる可能性が高いのは佐藤さんだとわかり、残すべきだと判断できます。
マーケティング施策も同様で、同じカテゴリであれば同一のプロセス設計を行い、進捗を数字で評価する必要があります。
例)改善すべきメールマガジンを見つけたい
ここでマーケティングの例を考えてみましょう。メールマガジンの評価指標を、以下のように設定したとします。
- 配信
- 開封
- クリック
- CV(ゴール)
ゴールであるCVはキャンペーンの申し込みなど、オンラインのフォーム入力とします。メールマガジンを4回配信した結果は、表4のようになりました。
メールマガジンの中で最も効果を発揮したのは、メールマガジンAです。BとCは、Aほどではありませんが、メール内のリンクをクリックしてもらうプロセスまで進んでいるので、Aが誘導した先のウェブページを参考に見直しできそうです。メールマガジンDは抜本的な見直しが必要でしょう。
このように、チャネルを整理したうえで、チャネル内のプロセスを分解し、同一の指標で施策を評価できるようにするのが大切です。
「プロセス>チャネル>施策」の関係で考える
これまで説明した通り、マーケティングを大きく分類すると全体プロセス、プロセスごとに利用されているチャネル、チャネル内の施策という3つに分けられます。この関係を常に意識しておく必要があります。
これができていれば、各施策が売上と連動する姿が見えます。「メールのクリック率を上げれば、そのチャネル経由の売上も伸ばせる」というような説明ができるようになります。
この状態になれば、担当者は会社の成長に貢献していると堂々と言えますし、モチベーションも上がります。一方でプレッシャーも増すでしょうが、評価されない仕事をするのとはやりがいが違います。単発的・断片的な施策を行っていては、これらのことが見えません。
「プロセス>チャネル>施策」の関係を理解し、各施策を評価できることがマーケティングを行ううえでは絶対条件といえるのです (図16)。
業界別のプロセスモデルを理解する
本項では、これまでのプロセスマネジメントの方法論をBtoB以外のマーケティングに当てはめてみます。ビジネスモデルが異なっても、考え方は同じです。3つのビジネスモデルにおけるプロセスモデル、チャネルのマッピング、チャネル内のプロセス事例を紹介します。
ECサイト
ECサイトはオンラインで完結するビジネスなので、ブラックボックス化するプロセスが少なく、各プロセスの数字も収集しやすいため、プロセスマネジメントが容易なビジネスモデルです(図17)。実際、ECサイトの担当者は数字で説明することに慣れている人が多いです。
また、ECサイトは競争が激化し、ビッグプレイヤーも存在するので、オンライン広告のROASが低下して、ビジネスモデルが成立しなくなってきたという声を最近よく聞くようになってきました。そこで、下記のような複数の迂回ルートを設計して、プロセス間のコンバージョン率向上に注力する企業が増えています。
- ウェブサイト回遊だけ行い、商品をカートに入れなかった場合
- カートに入れたけれど、決済までは行わなかった場合
- リピート購入を促進
ROASを高めるためには、プロセス間のコンバージョン率の改善と、リピート購入の促進が不可欠です。オンライン広告やウェブサイト自体の改善はもちろんですが、複数チャネルからの動線設計、すなわちリンクの構築に注力する企業が増えています。
リマーケティングでは、サードパーティCookieの利用規制が高まり、オンライン広告だけでなく、メールやモバイルアプリなど複数のチャネルを活用して、リマーケティングを行う企業が増えてきています。
不動産販売・自動車ディーラーなど来店型のビジネス
BtoBのマーケティングと非常に近いモデルです。訪問して販売する場合は、ほぼ同じというケースもあります。マーケティングは来店を目標にすることが多いですが、来店後のフォローアップもあわせて担うケースも増えています(図18)。
このモデルではファストパスが多く設計されます。検討期間はBtoBより短いケースが多く、短期決戦となりやすいため瞬間をとらえてフォローアップするような仕組みを導入する企業が増加しています。ウェブサイトへの訪問があったら、コールセンターにメールで通知がされるような仕組みです。サイト閲覧者とCookieを紐付けて行動をトラッキングできる機能を、マーケティングオートメーションなどのシステムが提供しています。
幅広い年齢が対象となるケースが多いので、チャネルはオンラインとオフラインの両方を利用します。DMなどの活用にも積極的な企業が多いです。どうしてもオンラインのマーケティング施策の方がわかりやすい数字を取得できるので、オンラインに予算が偏るケースがありますが、全体プロセスをしっかりとマネジメントできていれば、オフラインのマーケティング効果も測定できるようになります。このあたりは、後ほど詳しく説明します。
最近は、契約後のアップセル/クロスセルを狙ったマーケティングに注力する企業も増えつつあります。アップセル/クロスセルのためには、契約後のリマーケティングの仕組みをしっかりと設計し、追加の商品提案をできるようにコミュニケーションします。
保険でいえば、生命保険に加入した顧客へ自動車保険を提案するようなことです。不動産を例にするなら、顧客の子供の年齢をデータとして保持していれば、将来的に間取り変更などの提案ができるかもしれません。そうしたタイミングを逃さないために、マーケティングによってコミュニケーションを継続していきます。
会員・メディアビジネス
会員ビジネスはなんといっても複数回の利用と継続が重要です。会員サイトを運営している場合は、頻繁に利用されるようにプロセスを設計する必要があります。
もし途中のプロセスで離脱するユーザーがいれば、リマーケティングをして再度成功パスに戻ってもらうために迂回路の設計が重要です。会員登録から1回も利用せずに非アクティブになってしまうユーザーもいるような世界なので、利便性を感じてもらい、頻繁に利用してもらうためのプログラムの開発に各社注力しています。このような定着化の取り組みは、ユーザーオンボーディングとも呼ばれます。特に、会員登録初期のマーケティング活動は極めて重要といわれています。
また、無料でユーザーを集め、有償化していくというプロセスも多く見られます。フリーミアムモデルともいいますが、有償の顧客をいかに継続的に保持していくかが非常に大切です。そこで、後半のプロセスでは、コールセンターやカスタマーサポートによって顧客をフォローする仕組みも必要です。このようなカスタマーサポートを支援する仕事も、マーケティングに期待されています。
続きは本書で
本書ではこのあと、収益プランを検討し、指標を正しく測定する方法を解説していきます。数字指向でマーケティングを改善していきたい方に役立つ内容となっていますので、ぜひ参考にしてみてください。