5つのステップから成るDDOM
――DDOMの考え方とデータドリブンにはどんな違いがあるのでしょうか。
Creative Cloudを例に説明すると、DDOM(Data Driven Operating Model)とは、カスタマージャーニー全体を「Discover(Creative Cloudを知る)」「Try(体験版を使ってみる)」「Buy(サブスクリプション契約を開始する)」「Use(ツールを使う)」「Renew(サブスクリプションを更新する)」の5つに分け、データを基にビジネスオペレーションを行うためのフレームワークです。
2016年にDDOMという考え方に基づきビジネスを展開することが決まり、グローバルGTM(Go To Market)チームが設置されました。私は2001年にアドビに入社して以来、Creative Cloudのマーケティングに携わってきましたが、それを機に日本のGTMチームに異動しました。
データドリブンでビジネスを進めるという経営方針自体は、2009年のオムニチュア買収を機にデジタルマーケティングの会社になることを打ち出した頃からのものです。その意味では、測定可能なものに投資をし、KPIを見ながらその最適化を繰り返すことをサブスク以前から10年やってきたといえるでしょう。
――社内での組織連携はどのように進めていますか。
GTMにおける私の役割は、オーケストラの指揮者のようなものです(図1)。GTMはカスタマージャーニー全体のヘルスチェックを行い、問題を発見したら適切な部署にアクションを促します。またGTMをサポートするデータアナリスト集団としてStrategy & Operation Teamがいます。

どの部署と連携するかはステップごとに変わります。「Discover」と「Try」を担うのはマーケティングです。たとえば、ページトラフィックに問題があるときは、Campaign Marketingと広告予算の追加編成を協議します。Marketing and Customer Insightsはデータを分析し、その追加予算に対し、どのぐらいのトラフィック増が期待できるかを提示します。「Buy」はシンプルで、Salesと常にターゲットに対する売り上げの話をしています。
「Use」と「Renew」は、お客様に満足して使い続けてもらうための最も重要なステップです。Lifecycle Marketingは、購入後のお客様のエンゲージメントを高めるための施策を展開しています。たとえば、初心者セグメントに対し「Illustratorで名刺を作ってみましょう」というコンテンツを提供するようなことですね。
Customer Success Managersは大口顧客専用のカスタマーサクセスを担うチームで、ライセンスのインストールから始まり、積極的に活用してもらうためのオンボーディングサービスを提供します。Customer Supportではお客様対応の他、解約防止の引き止め施策を展開することも重要な役割です。
2019年6月から更新時期が近づいたお客様の契約更新を担う専門部署として、Retention Teamも設置しました。業種、職種、過去の購入履歴などのデータをフィードし、アップセルの可能性の高いお客様の発見に機械学習を活用しています。
ステップごとにKPIを設定
――GTMチームがジャーニー全体を組織横断的につなぎ、データを見て必要なアクションを取れるようにしているのですね。

現在のGTMの役割は三つあります。一つはDDOMのフレームワークに即してGTM戦略を策定し、実行することです。同じ製品を使っているとしても、それぞれのお客様のジャーニーは顧客セグメントごとにまったく異なります。
そこで「学生」「個人」「法人」「Adobe Document Cloud」という4つのセグメントごとにGTMリーダーを割り当て、それぞれがDDOMのフレームワークに基づいて、どうすればビジネスを成長させられるかの実践と検証を繰り返しています。
二つめはAdobe.comで展開しているECビジネスの戦略策定と実行です。ECビジネスは営業担当者が付かない分、DDOMを当てはめやすいのです。
三つ目は日本市場に受け入れられるための製品戦略の策定と実行ですが、これはDDOMに直接は関係しません。
――DDOMの導入で各部署の業務の進め方も変わったのではないでしょうか。各ステップのKPIをどのように設定していますか。
それではKPIをカスタマージャーニーのステップごとに見ていきましょう(図2)。

Discover
商材のアウェアネスを高めるためのステップですから、WebサイトのページトラフィックがKPIとなります。さらに、トラフィックの中でもオーガニック検索からのもの、およびペイドメディアからのものがどの程度かを確認し、目標とするページトラフィックを獲得できるよう最適化を行います。

Try
匿名のお客様がIDを作り、名前と連絡先のわかるお客様「UQFM(Unqualified Free Member)」に変わるのがこのステップです。新たなUQFMの数がKPIになります。体験版を使うためにIDを作ってUQFMとなったお客様が、実際に体験版をダウンロードし、使い始めたかどうかも重要です。
ただし、すべてのセグメントでこれが成り立つわけではありませんから、セグメントごとにKPIを変えています。たとえば、体験版のユーザー数からパートナー経由での販売をデータで紐づけることはできないので、かわりに過去のWin Rateから割り戻したPipelineの金額をTryの指標にするなどの工夫をしています。
Buy
このステップでは実際に何本のライセンスが売れたかがKPIです。お客様は月初に契約したいという心理が働くようで月末は契約を控える傾向がありますし、学生需要が動く2月から4月にかけての3ヵ月間が契約のピークになるなどの季節変動を考慮し、目標の達成度を確認しています。
Use
サブスクのビジネスでは購入後にどれだけ使ってもらえているかが重要ですから、MAU(Monthly Active Users:月間アクティブユーザー数)がKPIになります。
これもセグメントごとにメリハリをつけています。たとえば、大規模法人の場合は、プロのクリエイター向けに業務上の理由で購入しており、ほとんどの方が利用継続するため、あまり細かく利用データを見る必要はありません。対照的に、学生や趣味で使うライトユーザーに対しては、購入から2ヵ月間のオンボーディングサポートを提供し、解約リスクを低減するようにしています。
Renew
我々がオンボーディングを頑張っても解約されるお客様はいますが、最後まで諦めません。たとえば、解約画面で「本当に解約しますか。今ならばもう少しお得なプランを1ヵ月無料でお試しいただけます」などのメッセージを出し、できるだけ更新していただくことが2年目以降の収益につながるのです。契約更新数を最大化することがこのステップでは重要です。