D2CはSPAのDisruptorではない
D2Cについて語られる際の冒頭に、“SNS・ECを活用し、製品企画から販売までを自社で一気通貫することで、中間コストがかからず低価格化を実現”といった表現をよく目にします。加えて、従来のSPAとの対比で語られることも多く、D2CをSPAに対するDisruptorと捉える節もあります。しかし、日本のSPAは極めて優秀です。大量生産によるコストメリット、顧客ニーズを最大公約数的に汲み取った商品企画、洗練されたデジタル活用等々、多くの消費者はその恩恵に与っています。
そのため、私自身はこうしたバリューチェーン論や、SPAとの対比はD2Cの本質とは異なると考えています。D2Cとは、“個々の顧客の抱えるユーザーペインをサービス/プロダクトを通じて解決する”ため、顧客との密接で直接的な関係を構築する企業の姿勢だと捉えています。ものづくり企業が持つべきマインドセット論であり、SPAのDisruptorとしてではなく、充足されていないニーズを補完する価値を提供するもの、がD2Cの本質ではないでしょうか。
この実現には、(1)顧客を密に巻き込む世界観創りとCRM、(2)個々の顧客の抱えるインサイトの発見・蓄積、(3)インサイトを通じて企画へと昇華する分析・解釈力、(4)企画をタイムリーに製品化するための小ロット短納期生産に耐えうるサプライチェーンの構築 が必須となります。それぞれにおいてデジタルが果たす役割は極めて大きいものの、これに加えてオフライン/オンライン問わずに担当者が顧客と真摯に向き合う企業風土こそが最も重要な要素なのではないでしょうか。

株式会社クラス 代表取締役社長 久保裕丈氏
東京大学大学院を修了後、米国系のコンサルティング会社A.T. Kearneyに入社。商社・メーカー・金融機関等への全社戦略策定やサプライチェーン・マネジメントを手がける。2012年、女性向け通販サイト MUSE & Co.を設立し、2015年に売却。その後、個人で数十社の企業顧問を務める。2017年、米国で大人気の恋愛リアリティーショー「The Bachelor」の日本版「バチェラー・ジャパン」のシーズン1の主役に抜擢される。現在は、家具のサブスクリプションサービスCLASの代表取締役。
「ブランドへの共感者を増やしていくこと」が成功の鍵
D2Cの本質・強みとは、「顧客との関係性をデザインできること」だと思っています。誰を顧客とし、どのような価値(プロダクトを含む)を届け、どのような体験やコミュニケーションを提供し、どのような関係性を紡ぐのか。こういったことを、一気通貫してデザインすることができるのです。また問題が生じたときには、データなどから原因を把握し、柔軟かつ早期に改善することもできます。価値観が多様化し、変化が激しい時代において、顧客との関係性の最適解を柔軟に模索できることは、D2Cならではの強みと言えるのではないでしょうか。
今の時代、顧客はプロダクトの機能だけでなく、込められた想いや社会的メッセージなど、背景や周辺情報を含めて購買の意思決定をします。そのため、顧客とプロダクトとの接点は、点ではなく線で設計することが重要です。全体を通して適切な顧客体験を提供し、いかにブランドへの共感者を増やしていけるか。これこそ、D2Cで成功するためのポイントなのではないでしょうか。そして、そのためにはブランドのあり方(コンセプト)と、ブランドの目指す場所(ビジョン)を定め、それを体現した強力なプロダクトを持つことが重要です。
Minimal(ミニマル)も「日本人が再構築した引き算のチョコレート」というコンセプトで「チョコレートを新しくする」というビジョンのもと、従来のチョコレートとは違った風味や価値を提供しています。そして、その周辺にある物語を顧客に届け、一緒に紡いでいくという関係性を大事に、ブランドを運営しています。

Minimal -Bean to Bar Chocolate- 代表
(株式会社Bace 代表取締役) 山下貴嗣氏
「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を設立。都内に5店舗1工房を展開。良質なカカオ豆をフェアトレードで買付し、独自のチョコレートを顧客にダイレクトに届ける。設立3年で世界最高峰のチョコレート国際品評会で部門別最高金賞を日本ブランドで初受賞。