コンテンツの高度化にともない、「制作関連費」の推計を開始
――ここからは、DMそのものが現在置かれている状況を深掘りしたいと思います。まず、DMの市場規模は現在どのくらいなのでしょうか。
中垣:まず電通の「日本の広告費」から、2018年度の市場規模を見てみると、3,678億円。昨対比99.4%で、微減の状態です。しかし「日本の広告費」の概要によれば、この数字の内訳は、ダイレクト・メールに費やされた郵便料・配達料であり、その他の工程にかかる費用は反映されていないそうです。コンテンツの制作手法は高度化しており、もっと大きな市場で戦っていると認識しています。
実際に、電通は2018年度から企画や制作にかかる「DM広告制作関連市場」の推定を開始しましたが、その額は1,214億円。合計すると4,892億円で、新聞広告を超える規模です。ここにデータマーケティングにかかる費用も反映すると、さらに大きな数字になると思います。
――推計のための新たな指標が生まれたことが、制作手法の高度化を表していますね。今後はどのように推移していくのでしょうか。
中垣:全体の市場規模は下げ止まり、もしくは増えていくとみています。より具体的に言うと、DMのタイプによって、増えるものと減るものがあると考えています。生活者の求めに応じて発展してきた過程を、DM1.0から4.0への変遷と整理したいと思います。
――発展の過程について、詳しく教えてください。
中垣:まずDM1.0は、「DMの元祖」とも呼べる手法です。情報のリーチを主たる目的として、一度に大量に刷って、大量に届ける。生活者の手元にはたくさんのDMが届いていた時代なので、各企業は開封してもらうために工夫を凝らしていました。ここで生まれた「手触りで目立つ」「振ると音がする」といったギミックは、今でも通用します。しかしこうしたマス的な目的のDMは、これからは減っていくのではないかと考えています。
次にDM2.0というのは、属性データを使い始めたもの。顧客の職業や、性別、年齢などを掛け合わせて活用する例が出てきました。バリアブル印刷の技術が発展したこともあり、人の名前を刷り分け、強調するなどの工夫も可能になりました。
――データ活用によるパーソナライズ化が始まったのですね。
中垣:はい。さらに購買履歴データを掛け合わせたDMも出てくるようになり、DM3.0と呼んでいます。特に通販業界などで発展した手法ですが、顧客が何をどれだけ、どのような頻度で買っているかを洗い出しておき、多種の刷り分けをしたDMを届けるのです。
――少しずつ、1to1のコミュニケーションの方向に近づいていますね。具体例はありますか。
中垣:トッパンフォームズさんが制作された、ソフトバンクさんのDM「10年間の感謝を込めたあなただけのケータイアルバム」は、DM3.0の真骨頂だと思います。
これは購買データを使って、個々のユーザーがこれまで使ってきたケータイ機種をアルバムのようにまとめたもの。ケータイにはその時々の思い出がたくさん詰まっているという人々の気持ちをくみ取り、アルバムで表現しています。新製品への買い替えを目的とした施策ですが、それ以上に顧客ロイヤリティの確保に大きく貢献したのではないでしょうか。
――興味深い取り組みですね。最後にDM4.0についても教えてください。
中垣:DM4.0は、さらにWeb上の行動データを活用し、デジタルとアナログの掛け合わせを体現したものです。「次世代型DM」と呼ばれることもありますね。
実践例としては、ディノス・セシールさんの「カート落ちDM」が有名です。ECと紙を連携させ、商品をカートに入れてから離脱した顧客に、最短24時間以内にはがきを印刷・発送する仕組みを構築し、完全なパーソナライズ化を実現しました。
――この取り組みは、デジタルマーケターの間でも大きな話題になりました。
中垣:今後増えていくのはこのタイプのDMであると考えています。
「カート落ちDM」の注目すべきポイントは、DMがもつプッシュ力の強さに、バリアブル印刷やデータ活用の技術を組み合わせることで、最適なタイミングで顧客の心を動かすアプローチを実現した点です。一度カートに入れたものの、なんらかの理由でそのままにして離れてしまったモノについて、DMがぽんと背中を押すように教えてくれた。「はがき」という媒体や「通販」という業界に特化した取り組みではなく、マーケターの戦略次第で、様々なシーンで「心動かすメディア」としてのDMの特性を活かしたシナリオができるはずです。