補足:顧客体験の定義について
本稿では、顧客体験を「顧客がよりよいベネフィットを求め、享受していく活動」と定義した。一方で、顧客体験という言葉は世の中で様々な形で定義されている。いまだ共通見解が固まっているとは言い難い状態のようだが、いくつか定義を引用してみよう。
顧客が製品やサービスと接触し興味を持った時点から、購入して利用し続けるまでの、すべての企業との接点(顧客接点と呼びます)と、それらに基づき顧客が企業に対して持つ評価
顧客ライフサイクルにおいて顧客がブランドに関して行うすべての交流の結果として形成される、顧客とブランドの関係に関する顧客の意識的および無意識的な認識
これらの定義に概ね異論はなく、Salesforce社の「利用し続けるまで」という着眼点や、SAS Institute社の「意識的/無意識に関わらない認識」という点は顧客体験を設計する上で重要だ。しかし1つ物足りなさを感じる点を挙げるなら、視点(2)で述べたように顧客とブランドの関わりだけに限定していることだ。
物足りなさを感じる理由を、既に述べた理由とは少し違った角度から考えてみよう。要は、ブランドとの関わりだけに顧客体験を限定すると、何を見落としてしまうのだろうか?
結論として、この定義ではブランドと関わりの有無によらず顧客が持つ、ブランドを比較検討する際の「判断基準」を見落としてしまう。なぜならその判断基準は、ブランドの活動が存在しなくとも様々な要素から形作られるからだ。世の中に大きな変化があったり、顧客自ら課題解決に向けて情報を収集したり、口コミに影響を受けたりすることなどが代表的な例だ。
実際に様々な調査会社が出したデータによれば、BtoB購買プロセスの中で顧客がブランドと最初の関わりを持つのは、購買プロセスの半分以上が進んだタイミングであるようだ(CEB社によれば57%、Sirius Decisions社によれば67%が進んだ時点で、初めてまともに営業担当者との接点を持つと言えるデータを示している)。とすると、ブランド(正確に言えば営業担当者)との最初の関わりや施策を起点に描いても、全体の3~4割しか把握できないということだ。これでは、むしろ把握できていない部分のほうが多い。
こういった視点からも、やはり顧客とブランドの関わりだけに限定して顧客体験を描くのは、危険があると言わざるを得ない。改めて顧客の「現状」を起点として描くべきだと言えるし、その先には「顧客が持つ判断基準を所与とするのではなく、どうしたらその基準に自社が影響を及ぼせるだろうか?」という視点も生まれてくるだろう。本稿の論旨からは外れるが、この視点こそ市場創造を導くために必要不可欠だ。