購入は「ゴール」ではなく「スタート」
ただし、LTVを軸に事業を設計することは容易ではありません。EC企業の従来のマーケティングモデルでは、新規顧客獲得、CRM(顧客関係管理)、商品開発が異なるミッションや組織で運営されていることが多く、商品体験を軸に部署横断で改善を回すことが困難でした。しかしLTVを軸にした事業は、事業のタッチポイントすべてを「顧客起点」で見なおし、従来モデルとは根本的に異なった事業や組織を設計しなおす必要があります。
まず初めに自社の商品を購入してくれた顧客を知り、そしてつながり続けるために顧客の反応を分析し、顧客の期待に応え、顧客に寄り添った商品や体験を提供し続けなくてはなりません。「顧客起点」のEC戦略では、購入や登録等のコンバージョンはゴールではなくスタートになります。
このような市場環境において、事業成長を実現させるためのビジネスフレームワークとして、リテール業界に地殻変動を起こしたと注目を集めているのが、「D2C(Direct to Consumer)」モデルです。
2000年代後半から米国を中心に、スタートアップ企業が展開するビジネスモデルとして勃興したため、一過性のトレンドのように扱われることも少なくありません。しかし、D2Cの本質を正しく読み取り、そのエッセンスを取り入れていくことは、デジタル化により激しい変化を続ける現代市場で生き残っていくための重要な戦略となるはずです。
D2Cは激しい変化を続ける現代市場に適応する
D2Cは、「Direct to Consumer」の略で、“生活者に対して商品を直接的に販売する仕組み”を意味し、自社で企画・製造した商品を、ECサイトなどの自社チャネルで販売するモデルと説明されることが多くあります。しかし、その定義ではD2Cと従来の定期通販モデルとの違いを正しく理解することは難しいでしょう。
「Direct to Consumer」という言葉通り、顧客のためにどう商品を作り、価値を届けるかを中心に考える顧客起点のフレームワークと捉えると、D2Cの本質的な価値が見えてきます。

D2Cが「顧客起点」で変化させたECの原価構造
D2Cモデルでは、自社ECを販売チャネルのメインにすることで、購買状況や利用状況、嗜好など顧客の様々なデータを収集・分析することができるようになります。また、サプライチェーンを一貫して自社で手掛けることで、中間マージンや外注コスト、廃棄コストを削減しながら、データや顧客の声を元にした改良・改善に迅速かつ柔軟に対応できるようになるのです。
そして削減できたコスト分を、商品品質の向上や顧客の体験価値向上に継続的に投資することで、生活者はより良い商品をより購入しやすい価格で手に入れることができるようになります。

購入後においても商品改善や、カスタマーサポート、SNSを通じた密なコミュニケーションへの投資を増やすことで、顧客が商品を使い続けるための「体験」を作り続け、機能性で購入してもらうのではなく、ブランドとつながるライフスタイルに投資する感覚を持ってもらえるようになります。
このようにロイヤリティーの高い顧客と共にオンリーワンのブランドを作り上げていくことがD2Cモデルの本質であり、顧客体験をとことん磨いていく思想とそこに投資するための原価構造の変化こそが、D2Cモデルに学ぶべきEC生存戦略のヒントなのです。