情報のデザイン
皆さんが「チラシを作ろう」と思ったとき、まずどんなレイアウトにしようとか、何色にしようとか、いきなり見た目のことから考え始めていないでしょうか。
「デザイン」というと、いわゆるグラフィックデザイン=見た目のデザインが重要と思われるかもしれませんが、その前の、原稿の段階からしっかり考えることが大切です。情報のデザインですね。
チラシの良し悪しはこの「原稿作り」で決まると言ってもいいほど、とても重要な工程です。よく推敲された原稿は、文章を読んだだけでワクワクしたり、行ってみたいと思わせる力があります。
この時間ではまず、そういった魅力的な原稿を書くために、デザインする前に必ず決めておきたいポイントをご紹介します。
ターゲットを決める
まず1つ目は、ターゲットです。どんなチラシでも、ポスターでも、WEBでも、毎回必ず決めましょう。
イベントのチラシなどを拝見していますと、こんなキャッチコピーを大変よく見かけます。「どなたでも大歓迎」。
とにかくたくさんの人に来てほしい気持ちから、ついつい書いてしまいがちな便利な言葉なんですが、実はこれほどのNGワードはありません。これではターゲットが定まっていないので、届けたい相手に届きにくい。まるで逆効果なんですね。
架空のランニング教室のチラシを例にして、なぜターゲットを決めないことがNGなのか、詳しく見ていきましょう。
ターゲットを決めずに作ったチラシ
これは特にターゲットを決めずに作ったチラシの例です。出ました、「どなたでも大歓迎」。
ただ「ランニング教室があるよ、みんな来てね」ということだけを書いています。走ることが好きで健康意識も高い人ならば、来てくれるかもしれません。
しかし開催側には、「むしろ運動不足な人に来てもらい、健康意識を高めてもらいたい」という意図があるのではないでしょうか。その気持ちの現れとして、ついついNGワードの「どなたでも大歓迎」を書いてしまうわけです。
でも実際、運動不足な人がこのチラシを見ても、よほど強い意志がない限り、ここに参加しようと思えません。なぜでしょうか。
その人にとって走ること自体が、ハードルの高いことだからです。例えば、走るのが苦手なお子さんを持つお母さんがこれを見たら、行かせてみようと思えるでしょうか。
「どなたでも大歓迎」とは書いてあるけれど、何となく足の速い人たちが集まっていそうなイメージがして、「うちの子が行ったら迷惑をかけてしまうかも……」と、弱気になってしまうかもしれません。
走るのが苦手な人にも来てほしくて「どなたでも大歓迎」と書いたのに、このように正反対の結果を招いてしまいがちなのは、ターゲットをしっかり決めていないことが原因です。
では、きちんとターゲットを決めて伝えると、どうなるでしょうか。次にそんな「走るのが苦手なお子さん」をターゲットにして、書き方を変えてみます。
「走るのが苦手な子ども」がターゲット
これならどうでしょうか。キャッチコピーで「走るのが苦手でもだいじょうぶ!」と言ってくれているので安心感がありますね。「運動会で1位を目指そう」という具体的な目標も見えて、前向きな気持ちになれます。
そして、ターゲットがはっきりしているので、お母さんは「うちの子が行っても大丈夫だな」と思えるだけでなく、「この教室に行けば苦手を克服できるかもしれない」と期待することができます。
ここまで聞いて、皆さん思ったかもしれません。「確かにターゲットは定まったけど、企画からゴッソリ変わっちゃってる」と。
そうなんです。企画段階からターゲットが決まっていないと、いくらチラシを作ってみても、いいデザインにはならないんです。
ターゲットが決まっていないと無難になる
ターゲットを絞ると分母が減るので、参加者が減ってしまうんじゃないかと心配になるかもしれません。でも実際はその逆です。
ターゲットを絞らないから、最大公約数的でマンネリ化した、無難で退屈な企画になり、素通りされてしまうのです。
どんな分野でも競争の激しい昨今、よりユニークで尖った企画が人の目を引きます。道行く人に気づいてもらうためには、ターゲットを決め、その人にどう動いてほしいのか意識することが不可欠です。
限られた予算で広告のパフォーマンスを上げるには、デザインよりも前に、ターゲットを狙って企画することがとても大切です。
悲しいかな、広告は基本的に嫌われ者です。ラックのチラシは見向きもされず、ポストのチラシは大半が捨てられます。そんな中でも、思わず目が留まる「良いチラシ」とは、どんなチラシでしょうか。
悪いチラシは、特にターゲットを定めず、ただ一方的に「こんなイベントがある」「こんな商品やサービスが発売された」「こんなお店がオープンした」ことだけをお知らせするのチラシです。
道行く皆さんはお忙しいですから、「みなさーん!ランニング教室ができましたよー!」とだけ言われても、よほど興味がない限り、振り向いてはくれません。
広告と、それを見る人が共有できる時間はほんのわずかです。良いチラシは、その短い時間で見る人の心をつかめるチラシです。
良いチラシは、プレゼンしてくれる
ターゲットの目線から見たイベントやサービス、商品の価値を、見る人にしっかりプレゼンできるチラシ。それができて初めて、チラシが広告として機能してくれます。
「自分たちが出したい情報」だけを一方的に載せるのではなく、「ターゲットが欲しい情報」が何かを考える。そのためには、ターゲット像をより具体的にして、その人の立場になりきって考える必要があります。
この教室であれば、子どもの年齢だけでなく、どこに住んでいて、どのくらい運動が苦手で、どんな悩みを持っているのか、親御さんが教室に求めるものは何か……といった背景まで細かく想像します。
ターゲットの立ち位置から考えることで、そのターゲットが何を求めているか、それに対して自分は何を提案すべきかが見えてきます。
ターゲットが明確だと、決めやすい
同じランニング教室でも、キッズ向け、美容意識の高い女性向け、健康年齢を上げたいシニア向けでは、こんなふうに見せ方が変わりますね。
ターゲットが明確だと、制作工程でいろいろと決めやすくなります。
まず、チラシの内容。どんな情報が必要か、逆に不要な情報はないか、ターゲットが求める情報を基準に内容を構成できます。
また、タイトル、コピー、本文にどんな言葉を使うか迷ったときも、ターゲットの感覚に合った言葉を選ぶようにします。
そして、デザイン。ターゲットの好みに合わせた配色、装飾、形、画像などのイメージだけでなく、学生向けとシニア向けではフォントサイズを変えるなど、機能面からもデザインを考える基準ができます。
決めやすいから、時短になる!
最後にこれはチラシが完成した後ですが、ターゲットが明確であれば、チラシをどこに置くか、どこで配るか、誰に送るか、といった告知方法も決めやすくなります。
役所や施設にドン!と置くだけより、キッズ向けなら幼稚園や小学校、主婦層向けならカフェなど、狙ったターゲットの目に触れる場所にポスターを掲示したり、チラシを置いたりすることで、もっと積極的に告知できます。
もしターゲットを決めていないと、これらを検討するとき、さて何を書こう、どんなデザインにしよう、この書き方でいいか、どこに置こう……などのお悩みが増え、無駄な時間がかかってしまいます。
ターゲットを決めておけば、作業時間の短縮につながるわけです。
ターゲットはどう絞る?
では、ターゲットはどんな切り口で絞れば良いのでしょうか。例えば「奈良県に住んでいる30~60代の女性」。
こんなふうに、年齢、性別、職業などの属性によって絞るのはすぐに思いつくかもしれませんが、まだそれでも広いですね。
ターゲットはデザインや情報を選ぶ上での基準になりますから、企画によって、なるべく詳しく設定します。
私が普段ターゲットを設定するとき、年齢などの属性に加えて、こんなことを意識しています。
例えば生活スタイル。マイカーでの来場者が多そうだと見込まれる場合は、電車よりも車のアクセス情報を充実させる必要があります。
また、ターゲットがどんなことに関心を寄せているか、あるいはどんな悩みがあるかを想像すると、タイトルやキャッチコピーを考えるときに役立ちますし、どんなブランドや雑誌が好みかという趣味嗜好からは、デザインを考えるときのヒントがもらえます。
「奈良県在住の、30~40代の専業主婦で、子育てをしながら、スキルを仕事につなげたいと考えている人。子どもがいるから夕方以降は動きにくい、ベビーカーで参加する人への情報もいるかな……」
こんな感じで、ターゲットになりきって嗜好や行動を想像することで、どんな情報やデザインが必要か見えてきます。
企画の段階でターゲット設定
ということで、デザインする前に決めることの1つ目、ターゲットのお話でした。
繰り返しになりますが、デザインよりも前、原稿を書くよりも前、企画の段階でしっかりターゲットを設定することが大切です。
その後の原稿作りも、チラシ作りも、そのままそのターゲットに向けて作ればいいので、どの段階でもシンプルに考えることができます。
ターゲットに寄り添った企画になれば、参加者数に違いが出るだけでなく、満足度や話題性も高まることが期待できます。
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