テレビ露出はもうゴールではない 「D2CPR」の台頭
田中:コロナ禍でPR視点の重要性が叫ばれるようになってきていますが、皆さんはどのようにお考えですか。
太田:PRを語るときによく言われるのはアウェアネス、つまり認知は取って当たり前ということ。究極的なゴールは、パーセプションチェンジ(認知変容)、ビヘイビア・チェンジ(行動習慣の変容)です。
現在、コロナ禍で様々な社会課題を解決していこうという機運が高まっています。そんな中で、社会の価値観や目線を合わせていく部分にPRの考え方が活かせるのではないでしょうか。
吉柳:私は、コロナ禍で様々な企業の業績が低調となる中、社会的なPRのニーズの高まりを感じました。太田さんがお話されたように、PRには合意形成や新しい市場を作るといった機能があります。この機能において、とてもPRらしい視点だと思ったのが刃物を取り扱うメーカーである貝印さんの事例です。
田中:どのような事例でしょうか?
吉柳:コロナ禍のインドにおいて、爪切りが大ヒットしています。現地の方々は食べ物を素手で食べる習慣がありますが、コロナ禍では手先を清潔に保たなければなりません。貝印さんはそうした気付きに対して、皆が「爪を切ろう」と行動を起こす環境を作りました。この事例ではまず、公立の学校に爪切りを配り、習慣化を図りました。その結果、メディアに取り上げられて、みんなが爪を切るようになったわけです。
市場をドライブさせたり、新たな市場を生み出していくには、社会的な気付きからPR視点で商品ニーズを見つけていくことが役立ちます。
田中:社会ニーズや課題に応えるという観点では、当社でも緊急事態宣言下で、子ども割や家族割というサービスを展開しました。これにより、マーケットにおいてソーシャルグッドな活動と受け止めていただき、通常時のテイクアウト比率が30%程度だったのに対し、80%近くまで伸びました。川上さんは、コロナ禍のPRについてどのような変化を感じていますか。
川上:コロナ禍の外出自粛により、SNSの利用率が非常に高まりました。吉柳さんがおっしゃっていたように、元々PRはテレビにどう露出するかが勝負でしたが、今はD2CPR、つまりダイレクトに企業と生活者がつながることが重要視されています。生活者のネット上での声が増え、PRが大きな価値をもつようになったのです。
これは昨年と今年の大きな違いだと思います。その理由はSNSのユーザーが圧倒的に増えたからに他なりません。人と人がフィジカルに接するのではなく、ネット上で声が届き、声を出すという文化が形成されたのではないでしょうか。

コロナ禍で重視される企業のパーパス
太田:先ほど、吉野家さんの事例が上がりましたが、コロナ禍で素早く動けた企業ほど、自社の中でパーパスが明確に掲げられていて、それがインナーに浸透しているのではないでしょうか。危機的な状況において、ブランドパーパスは重要なポイントになると思います。
吉柳:そうですね。それに加えて、スピードも大事な点だと思います。吉野家さんの取り組みは、いち早く実施したからこそメディアでも取り上げられた。社会課題を素早く解決しようと動いた企業が、先行者利益を得られたんです。コロナ禍で周囲の様子をうかがい足踏みしている企業もあったと思いますが、元々の社会課題の解決につながるブランドパーパスを掲げていた企業は、その延長線上で素早くアクションを起こせたからこそ、生活者にも受け入れられたのではないでしょうか。
また、実態のともなわない「ソーシャルグッド」では、化けの皮がはがれてしまいます。パーパスブランディングが流行っていますが、実体性が大事です。これまで掲げてきたビジョンの延長線上で社会課題の解決に取り組めないのであれば、アクションを練り直したほうが良いと思います。
田中:スピード感、実体性、どちらも大事ですね。当社の取り組みも、コロナ禍で急に始めたことではありません。元々当社の社長は、普段から両親のいない子どもたちに牛丼を配ったりしていたんです。ビジョン価値は購買行動につながる時代になっていますよね。
川上:「本当にこういうことをやりたいんだ」という信念があるかないかは、ソーシャルの中ではあっさりと見抜かれてしまいます。また、去年まで全然違うことを言っていたのに、今年から急に良いことを言い始めても、説得力がありません。企業の社員から経営まで一体で、本当に社会課題を解決したいと思っているのかが、施策が失敗するか上手くいくか、大きな違いになってくると思います。
太田:世の中の情報変化のスピードが速い中では、PRに限らずプロジェクトの提案者がそのまま決裁まで進められるくらい、スピード感のある組織体制が重要だと思います。これからの時代、経営に近い方、もしくは経営者そのものがPRパーソンであることが、「最強の体制」になるのではないでしょうか。