書き溜めた「虎の巻」が自分を信じる源に
――Googleでも、P&G時代と同じように、入社時と違う業務内容を経験されたそうですね。
はい。「Googleでしかできない仕事をしたい」と思い、Google Playなどのプラットフォームから、Google Map、Google Assistantといったソフトウェアまで、様々なサービスのマーケティングを担当しました。私はいつも、自分の「Will(意志)」を最優先しているんです。それは、「マーケティングの知識とスキルは、誰にも負ける気がしない」と言い切れるから。口に出すと嫌われてしまうかもしれませんが(笑)、そう信じられるだけ思考と勉強を重ね、マーケティングの仮説構築と検証も繰り返してきました。そこから得た知見をまとめた、自分だけの「虎の巻」があって、今もアップデートし続けています。これを基にすれば、マーケティングの様々な質問に対して、ロジカルに答えられます。だからこそ、自分のやりたいことに躊躇せず進んでいけるのだと思います。
Googleで様々なことを学びましたが、中でも、前例のない種まきを大切にするようになりました。最初の部署にいたころ、私がゼロから関係を築いてきた企業があったのですが、当時の事業へのインパクトはとても小さいものでした。しかしその後、仕事が変わった時にスケールの大きな取り組みをご一緒することになり、かつて構築した信頼関係が活きたのです。短期的な成果に直結しにくいアクションをとれたのは、Googleに、失敗にも「ナイスチャレンジ」と声を掛け合う文化があったからです。特に変化が激しいIT業界には、点と点が線でつながる瞬間がたくさんあるはずです。次に生まれるかもしれない価値の芽を摘み取らず、「ナイスチャレンジ」と言い合える組織を作りたいと強く思うようになりました。
マーケティングスキルを組織作りに活かす
――現在アドビでは、どのようなお仕事を?
アドビには、クリエイティブツールのCreative Cloud、ドキュメントワークフローを効率化するAdobe SignなどのDocument Cloud、そして、デジタルマーケティング関連のExperience Cloudと3つの事業があり、私はCreative Cloudのマーケティングを総括しています。自社の販売チャネルを起点に、ユーザーの回遊状況からニーズをくみ取り、売り場にあたるUIを考えるなど、マーケティングの担当領域と対象とするお客様の行動範囲が、P&Gの時よりも広がっています。Googleから転職するとき、マーケティングの責任領域を広げ、新しい市場を創りたいと考えていましたが、その両方がアドビにはあります。誰も持っていない価値観を作るチャレンジには、クリエイティビティが絶対に必要です。クリエイティブは自己表現の一つですから、アドビがその活動を支援し、マーケットを引っ張っていくことに、はっきりと可能性を感じています。
あわせて、本格的な組織マネジメントにも関わるようになりました。働きがいのある環境を整えるとともに、次のビジョンを示し、みんながチャレンジしていくカルチャーを育てることが、自分のミッションだと感じています。やりたいことは自由に考えて行動したほうがいいのですが、それには責任がともないます。自由と責任は、私が仕事で一番大事にしていることです。チームには、自由にやる勇気と責任を持つ勇気、この2つを同時に持ってほしいと思いますし、私自身もそうありたいです。
――これまでもマネジメントの機会があったと思いますが、ご自身はどのようなマネジメントスタイルだと考えていますか。
まず一番大切なのは、その人を本気で育てようとしているかどうかだと思っています。マネジメントスキルを得るには、本を読む、トレーニングを受けるなどの方法もありますが、やはり自分が見てきたマネージャーのスタイルを取り入れるのが一番やりやすいですね。今はかつての上司たちのリーダーシップから学んだものを、場に応じて使い分けています。
初めて部下を持ったときは、自身の上司を参考に、育成のプロセスのステップをしっかりと明示した上で、相手のアクションに応じてフィードバックをしていました。とはいえ、まだ自発的な行動を引き出す、コーチングのようなコミュニケーションはできていなかったと思います。人を動かすときは、解決策を提示するだけではなく、新しい価値や興味のあることを示したほうが、うまくいくんです。マーケティングでも、イシューからスタートするだけではなく、「プロダクトやサービスでマーケットをどうしたいのか?」というビジョンの話から始めないと、ゴールが見えてきません。その上で、テンプレートを作り、仕組み化することも必要です。組織マネジメントとマーケティングには、近しいところがあると思います。「顕在化したニーズを作り、人を動かす」考え方は、組織の新しい方向性を示す上で、今後必要とされてくるのではないでしょうか。
