※本記事は、2020年11月25日刊行の定期誌『MarkeZine』59号に掲載したものです。
マーケティングの本質は、人を動かすこと
アドビ株式会社 マーケティング本部 執行役員/ディレクター
里村明洋(Akihiro Satomura)氏
関西出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。新卒でP&Gジャパンへ入社し、営業からマーケティングと幅広い業務に従事する。転職したGoogleでも、同社のコアビジネスから新規事業まで、様々な領域のマーケティングを担当した。2019年3月より現職。2人の子どもを持つ父親として、家事や育児を夫婦でフェアに分担するフェアネスな夫婦を自負する。趣味は、お笑いと釣り。
――里村さんは、大学卒業後、営業としてP&Gジャパン(以下、P&G)へ入社され、マーケターに転身されたとうかがいました。
入社前に出会った営業の社員さんたちが魅力的だったこと、実家が卸売業をしていたことなどから、営業職を志望しました。P&Gは、営業であってもマーケティング思考を求められる会社です。ホールセール先のショッパーがどのような人たちで、お店の中をどんなふうに買い回るのか、お客様と同じ目線で売り場を見て仕事をします。人と会い、反応に合わせてプランニングしていく仕事は、とてもおもしろかったのですが、「せっかくP&Gで働いているのだから、やはり本格的にマーケティングの仕事をしたい」と思うようにもなりました。ちょうどそのとき、私の営業に同行していたマーケティング部署のマネージャーが「マーケティングが向いているのでは。異動してみないか」と誘ってくれたのです。
異動後は消費者・市場戦略本部の部署に配属され、ブランド戦略などいくつかの業務を経験した後、シンガポールに赴任して日本・韓国・オーストラリアの市場を担当しました。P&Gで学んだのは、マーケティングの本質は「人を動かすこと」にあるということ。マーケティングが意味するところは幅広く、P&Gのやり方も様々な側面で取り上げられていますが、私は、「行動させる」というただ1点に向かっている、データもエビデンスもそのためにある、というシンプルさが、強さを生み出していると思います。
P&Gは人を育てるカルチャーがあり、本当に素晴らしい職場でしたが、いつしか「社会に対してもっと大きく変化を与える仕事がしたい」と思うようになり、転職を視野に入れ始めました。人生は一度きりですし、「ニュースに取り上げられるような仕事を、『自分がやったぞ』と証明してみたい」と考えていたのです。
――次のステージとして選んだのはGoogleだったそうですね。消費財メーカーからIT企業への転職は、当時は珍しいケースだと思います。
転職のときは、「業界、職種、商材のすべてを変えないほうがよい」というアドバイスを一つの指針に検討していました。ちょうどその時が、プラットフォームやアプリビジネスを中心に動いてきたGoogleが、初めて自社ブランドとしてハードウェア「Chromecast」を発売するタイミングだったのです。業界は変わるものの、マーケターという職種と、量販店を中心に販売する「モノ」という商材は変わらない。自分のキャリアが活かせると思ったのが、決め手でした。
とはいえ、消費財や一般的なメーカーでは想像できない仕事のやり方も多々ありましたね。特に、製品やサービスの完成形を決めず、フリーミアムや低価格で提供し、新しいユーザーからのフィードバックを反映して改善を繰り返していくビジネスモデルは、P&Gでは経験したことがないものでした。サービスを出してユーザーの反応を見る、社内もそのアクションを推奨するGoogleの環境は刺激に満ちていました。PLの考え方も違い、マーケティングがプロモーション重視な点も、P&Gとの大きな違いです。もしGoogleのファーストキャリアがChromecastのマーケターでなかったら、自分の力を出し切れなかったかもしれない、とも思います。