P&Gでの経験から、マーケティングの本質を考える
本連載でお伝えするのは、筆者の外資系企業での経験に基づいた考えであり、マーケティング講座やビジネス書で語られる通説とは異なる内容が含まれるかもしれない。時に理論や曖昧なコンセプトが独り歩きし、イメージやアワードの結果のみで評価されてしまうこともあるマーケティング業界で、できる限り核心を捉え、実利になる知見をお話ししたいというのが、執筆の意図である。
また、形式化された細かいフレームワークのようなものは扱わない。マーケティングに正解は存在しないが、フレームワーク化することで、それが正解と勘違いされる可能性があるためだ。また、細かすぎるフレームワークには、本来必要な「地道な消費者理解」や「ブランドの本質」をおろそかにする弊害もある。
ここで筆者の経歴を簡単に紹介しておく。2006年にP&Gジャパンに新卒で入社。営業とマーケティングを経験し、その後2014年2月にGoogleに転職。プラットフォーム(検索、Google Play、Androidなど)、ハードウェア(Chromecast、Nexus、Chromebookなど)、ソフトウェア(Google Maps、Google翻訳、Google Assistantなど)の多岐にわたるマーケティングを統括した。2019年3月よりアドビにて、現在はPhotoshopやIllustrator、また動画編集のPremiereなどのAdobe Creative Cloudと、元はPDFを作ったサービスであるAdobe Acrobat/Adobe Document Cloudのマーケティングを総括している。
マーケティングの本質を捉えようとするとき、P&Gでの経験を振り返り思うところがある。それは、マーケティングは組織全体に浸透しなくては「継続的な形」で本領を発揮しないということである。まずはこのことからお話したい。
全組織で取り組むことが特異性に結び付く
筆者はP&Gにて営業からリサーチ、データ分析、ブランド戦略、販売戦略、コンセプト開発、広告まで経験した。だからこそ、P&Gの組織としての強さを実感することが多々あった。
P&Gではマーケティングやブランド戦略部門のみならず、営業や流通、経理、人事、広報、研究開発、法務に至るまで、すべての部門のメンバーがマーケティングの考え方を知り、それぞれの領域でリーダーシップを持って活動している。
たとえば営業なら、小売業の経営層と一緒に、小売店の消費者、つまり買い物客を中心にした、各小売店での商品展開や売り方を考える。消費者が重視する情報がしっかりと店頭で表現・展開されるための施策立案や、実施された場合のP&Gから小売店へのインセンティブ管理(Key Business Driver Fundと呼ばれており、たとえば小売店が芳香剤の香りテスターの設置に投資すれば、その分インセンティブを付与するなど)も行い、単なる販促費を使った営業は行わない。
またグローバルでは1990年代から、消費者のニーズに即座に対応し、在庫や品切れの最適化が行える流通改革ECR*を実行している。
* Efficient Consumer Response:効率的消費者対応
P&Gには「Consumer is Boss*」という考えが浸透しており、戦略的でロジカルに正しければ、全ての部署が様々な形でマネジメント層に施策を提起できる。P&Gマーケティングはマーケティング本部だけでは語れず、全組織で取り組むものなのだ。
* Consumer is Boss:P&Gの文化として根付いている考え方。直訳では消費者が上司であるという意味だが、何でも言うことを聞くということではなく、上司がいつも正しいとは限らないので、彼らの価値観を理解し共感を得られるようする、また消費者を起点とするが従うわけではなく、彼ら・彼女らも気づいていない新たな価値を創り出し導くといった概念も含まれる。